小悪魔の条件
2004年2月3日 メイク・ファッション・ピアス 現在4月3日。
まだ小悪魔について考えている。小悪魔の好む色は黒とピンクではなかろうか。ピンクもベビーピンクなどの優しい色ではなくどぎついマゼンタピンク。そして思い出したのが中学時代。当時傘をなくした私に、親が新しい傘を買ったきてくれた。その傘は黒地にキツいピンクの水玉。派手さが恥ずかしくてイヤだった。今思えば、小悪魔が持つには適した傘のように思う。但し、ワンタッチ傘でなければ。ワンタッチで開く傘を持つのは小悪魔失格だ。小悪魔は面倒でも手でちゃんと開く傘を持たねばならない。また折り畳み傘も小悪魔らしくない。急な雨に鞄から折り畳み傘を取り出す姿は所帯染みて見える。ダメだ。小悪魔は、万が一に備えて、の行動はしてはならないのだ。雨が降ってきちゃった、いいわ濡れていきましょ。これぞ小悪魔! また日傘も小悪魔の美意識にはない気がする。日焼け止めをしっかり塗っておき、さんさんとした日差しの中を闊歩していそうだ。折り畳み傘と日傘、一気に処分してしまおうか……。しかし私の折り畳み傘は見かけに惚れたヴィヴィアンの白い傘。捨てるには勿体無い。日傘はピンクペースの輪郭のハッキリしない水彩画のような辛うじて花柄に見えるような折り畳み傘と、500円という安さに惹かれて購入した黒い短めの傘。前者も後者も小悪魔禁忌アイテム。後者は捨ててしまってもいいけれど、前者は気に入っている。迷う……。また私の所有している雨傘はグレーベースの和柄のケイタマルヤマのが1本。シビラのが数本。ノーブランドの白地にピンクのが1本。どれも小悪魔らしくない。特にシビラ。シビラは小悪魔アイテムじゃないだろう。小悪魔ならヴィヴィアンかアナスイではなかろうか。けれど、シビラの傘は持ち手に限ればちょっと小悪魔テイスト。柄は全然小悪魔じゃないのに。どうしたものか。
アースカラーの衣類も小悪魔に反していると思う。小悪魔はクッキリパッキリした、カラーベースでいうところの冬の色に春や夏の色を挿し色にして着ていそうだ。私のパーソナルカラーは冬。折角のパーソナルカラーを活かした着こなしができていない。もっと言えば苦手だ。私が黒を基調に服を選ぶと何故か軽やかさが皆無となる。シフォンなど素材をちゃんと考えてもダメ。タッパが服に負けてしまっている気がする。やはりヒールの高い靴に慣れる必要がありそうだ。いっそ似合わなければ方向転換もし易いかもしれない。なのに似合うのだ。似合うにも拘らず、思い通りに着こなせない。こんな悔しい話って……。キツいピンクは着こなせる。赤もOK。それでも黒と合わせると何故か途端に野暮ったくなり田舎のヤンキーのようになってしまう。小洒落た感じで黒とピンクを着こなす。これが今のテーマである。無難な青系ばかりに逃げてしまう現状をどうにかしたい。タッパはどうにもならない。メイクはどうにでもなる。問題はやはり綺麗にヒールを履きこなせる健康な体と真っ直ぐの姿勢だ。
この春夏、ランジェリーテイストのキャミやワンピースが流行るらしい。そしてビニール素材の小物。ランジェリーテイストは小悪魔らしいじゃないか! と喜びもつかの間。試着する迄もなく似合わないことが解っている。ランジェリーっぽい服は、乳がなければ非常に貧相に見えるのだ。ただでさえ薄っぺらい上半身をこれ以上薄く見せるのは避けたい。小悪魔は肉感的でなければならない。ほんの少し不健康な肉感。決して健康的であってはならない。ほんの少しの不健康さが色気に繋がっている気がする。私は不健康さには自信があるが、ほんの少しどころではない不健康というのも問題だ。不健康は不健康でもその匙加減は大変に難しい。大体小悪魔がメンヘル系の薬を手放せないってのはどうなんだ。小悪魔が飲む薬はピルだろう。煙草と矛盾するけれど。ちょっと不健康、でも肉感的な色気があり、謎めいている。これぞ小悪魔! 私の対極にいるのが小悪魔なのか? 対極と書くとまるで私が天使っぽいようだが、断じてそんなことはない。ただのオバチャンだ。年齢の問題ではなく、姿勢や生活がオバチャン。若しくはオッサン。違う。私はオバチャンやオッサンではなく小悪魔になりたいのだ! 目指すところは市原悦子ではなく広田レオナなのだ! 家政婦ではなく家政婦を使う立場。ずぶずぶの所帯ではなくほんのりと危うい香り。このほんの少しとかほんのりというのが解らん。頭では想像できるけれど、実践する為に何が必要なのかがさっぱり解らん。
また小悪魔は肌が透き通るように白く、荒れた箇所など決してなさそうである。白いっちゃあ白いけれど、私の肌は荒れている。このニキビ痕が憎いったらない。美白に励まなくては。そして小悪魔には無駄毛もなさそうである。永久脱毛……は無理なのでせめて除毛しよう。春だし、もうすぐ夏だし。尤も小悪魔は除毛だの何だのせずとも元々体毛が薄そうである。比べて私は……泪なくして語れない体だ。乳はないしタッパもないし肌は荒れて見えるし体毛も濃いし。嘆いていても小悪魔にはなれない。それに小悪魔は嘆いたりしなさそうだ。乳は寄せて上げて、ヒールを履きこなして、美白に励み、除毛しよう。これも違う気がする。小悪魔はこんな努力もしなさそうだ。そのときそのときを気侭に生きていそう。ネイルもさっきの私のように頑張って長さを揃えてスクエアオフにファイルで削ったりせず、サロンでお任せにしていそうだ。そうだ。小悪魔は貧窮することなどなさそうだ。だから気軽にエステやサロンに行ける。何故だ。想像する小悪魔は定職についてはいない。でも何故か金はある。住んでいる部屋も豪華。朝食はシリアル、夕食はアルコール。……人間か? それ。いやいや、喜怒哀楽はハッキリしていそうだ。それだけでなく我侭で周囲を翻弄し、それでも周囲は怒らずに何故か小悪魔の周りには人が絶えない。笑うときもきっと大口を開けて笑ったりせず、フフッと口元だけで笑うのだろう。嬉しいときも目と口元だけで表現。怒ったときや悲しいときはこっそりとひとりになって感情処理をするに違いない。小悪魔になりたくていろいろ書いてきたけれど、これ、私じゃない。今ある私の外見や性格を全て捨てなければ、小悪魔にはなれない。程遠いなんてものではなく、別物。それでいいのか? いい。それでも小悪魔になりたい。この目標=小悪魔、が今の私の唯一の前向きな目標だし。当分はこれで行こう。
まだ小悪魔について考えている。小悪魔の好む色は黒とピンクではなかろうか。ピンクもベビーピンクなどの優しい色ではなくどぎついマゼンタピンク。そして思い出したのが中学時代。当時傘をなくした私に、親が新しい傘を買ったきてくれた。その傘は黒地にキツいピンクの水玉。派手さが恥ずかしくてイヤだった。今思えば、小悪魔が持つには適した傘のように思う。但し、ワンタッチ傘でなければ。ワンタッチで開く傘を持つのは小悪魔失格だ。小悪魔は面倒でも手でちゃんと開く傘を持たねばならない。また折り畳み傘も小悪魔らしくない。急な雨に鞄から折り畳み傘を取り出す姿は所帯染みて見える。ダメだ。小悪魔は、万が一に備えて、の行動はしてはならないのだ。雨が降ってきちゃった、いいわ濡れていきましょ。これぞ小悪魔! また日傘も小悪魔の美意識にはない気がする。日焼け止めをしっかり塗っておき、さんさんとした日差しの中を闊歩していそうだ。折り畳み傘と日傘、一気に処分してしまおうか……。しかし私の折り畳み傘は見かけに惚れたヴィヴィアンの白い傘。捨てるには勿体無い。日傘はピンクペースの輪郭のハッキリしない水彩画のような辛うじて花柄に見えるような折り畳み傘と、500円という安さに惹かれて購入した黒い短めの傘。前者も後者も小悪魔禁忌アイテム。後者は捨ててしまってもいいけれど、前者は気に入っている。迷う……。また私の所有している雨傘はグレーベースの和柄のケイタマルヤマのが1本。シビラのが数本。ノーブランドの白地にピンクのが1本。どれも小悪魔らしくない。特にシビラ。シビラは小悪魔アイテムじゃないだろう。小悪魔ならヴィヴィアンかアナスイではなかろうか。けれど、シビラの傘は持ち手に限ればちょっと小悪魔テイスト。柄は全然小悪魔じゃないのに。どうしたものか。
アースカラーの衣類も小悪魔に反していると思う。小悪魔はクッキリパッキリした、カラーベースでいうところの冬の色に春や夏の色を挿し色にして着ていそうだ。私のパーソナルカラーは冬。折角のパーソナルカラーを活かした着こなしができていない。もっと言えば苦手だ。私が黒を基調に服を選ぶと何故か軽やかさが皆無となる。シフォンなど素材をちゃんと考えてもダメ。タッパが服に負けてしまっている気がする。やはりヒールの高い靴に慣れる必要がありそうだ。いっそ似合わなければ方向転換もし易いかもしれない。なのに似合うのだ。似合うにも拘らず、思い通りに着こなせない。こんな悔しい話って……。キツいピンクは着こなせる。赤もOK。それでも黒と合わせると何故か途端に野暮ったくなり田舎のヤンキーのようになってしまう。小洒落た感じで黒とピンクを着こなす。これが今のテーマである。無難な青系ばかりに逃げてしまう現状をどうにかしたい。タッパはどうにもならない。メイクはどうにでもなる。問題はやはり綺麗にヒールを履きこなせる健康な体と真っ直ぐの姿勢だ。
この春夏、ランジェリーテイストのキャミやワンピースが流行るらしい。そしてビニール素材の小物。ランジェリーテイストは小悪魔らしいじゃないか! と喜びもつかの間。試着する迄もなく似合わないことが解っている。ランジェリーっぽい服は、乳がなければ非常に貧相に見えるのだ。ただでさえ薄っぺらい上半身をこれ以上薄く見せるのは避けたい。小悪魔は肉感的でなければならない。ほんの少し不健康な肉感。決して健康的であってはならない。ほんの少しの不健康さが色気に繋がっている気がする。私は不健康さには自信があるが、ほんの少しどころではない不健康というのも問題だ。不健康は不健康でもその匙加減は大変に難しい。大体小悪魔がメンヘル系の薬を手放せないってのはどうなんだ。小悪魔が飲む薬はピルだろう。煙草と矛盾するけれど。ちょっと不健康、でも肉感的な色気があり、謎めいている。これぞ小悪魔! 私の対極にいるのが小悪魔なのか? 対極と書くとまるで私が天使っぽいようだが、断じてそんなことはない。ただのオバチャンだ。年齢の問題ではなく、姿勢や生活がオバチャン。若しくはオッサン。違う。私はオバチャンやオッサンではなく小悪魔になりたいのだ! 目指すところは市原悦子ではなく広田レオナなのだ! 家政婦ではなく家政婦を使う立場。ずぶずぶの所帯ではなくほんのりと危うい香り。このほんの少しとかほんのりというのが解らん。頭では想像できるけれど、実践する為に何が必要なのかがさっぱり解らん。
また小悪魔は肌が透き通るように白く、荒れた箇所など決してなさそうである。白いっちゃあ白いけれど、私の肌は荒れている。このニキビ痕が憎いったらない。美白に励まなくては。そして小悪魔には無駄毛もなさそうである。永久脱毛……は無理なのでせめて除毛しよう。春だし、もうすぐ夏だし。尤も小悪魔は除毛だの何だのせずとも元々体毛が薄そうである。比べて私は……泪なくして語れない体だ。乳はないしタッパもないし肌は荒れて見えるし体毛も濃いし。嘆いていても小悪魔にはなれない。それに小悪魔は嘆いたりしなさそうだ。乳は寄せて上げて、ヒールを履きこなして、美白に励み、除毛しよう。これも違う気がする。小悪魔はこんな努力もしなさそうだ。そのときそのときを気侭に生きていそう。ネイルもさっきの私のように頑張って長さを揃えてスクエアオフにファイルで削ったりせず、サロンでお任せにしていそうだ。そうだ。小悪魔は貧窮することなどなさそうだ。だから気軽にエステやサロンに行ける。何故だ。想像する小悪魔は定職についてはいない。でも何故か金はある。住んでいる部屋も豪華。朝食はシリアル、夕食はアルコール。……人間か? それ。いやいや、喜怒哀楽はハッキリしていそうだ。それだけでなく我侭で周囲を翻弄し、それでも周囲は怒らずに何故か小悪魔の周りには人が絶えない。笑うときもきっと大口を開けて笑ったりせず、フフッと口元だけで笑うのだろう。嬉しいときも目と口元だけで表現。怒ったときや悲しいときはこっそりとひとりになって感情処理をするに違いない。小悪魔になりたくていろいろ書いてきたけれど、これ、私じゃない。今ある私の外見や性格を全て捨てなければ、小悪魔にはなれない。程遠いなんてものではなく、別物。それでいいのか? いい。それでも小悪魔になりたい。この目標=小悪魔、が今の私の唯一の前向きな目標だし。当分はこれで行こう。
小悪魔オーラ
2004年2月2日 メイク・ファッション・ピアス 現在4月2日。
昨日友人とメッセで話していたら、小雪のオーラが欲しい、なんぞと言い出した。小雪とはモデル上がりで現在は女優として活躍している女性のことだ。私にとって小雪とは、四角い人、でしかない。因って、なんであんな四角くなりたいの? と訊ねた。彼女は別に四角くなりたい訳ではないらしい。なんというか、透明感? そんなものを小雪に感じ、そのオーラが欲しいと言う。解らん。四角いオーラしか感じない……。藤原紀香は中央集中オーラしか感じず、セクシーだの健康美だの、増してや峰不二子を感じない。あくまで、真ん中密集パーツ、だ。だからオーラもそれになる。同じように、小雪が発しているのは四角オーラだとしか思えないのだが、彼女にとっては透明感らしい。そしてその小雪オーラの源として、野菜ばかり食べていそう、と感じた彼女はシチューを作ったと言う。クリームシチューで、具はブロッコリーとスナックエンドウとマカロニ。作る迄は小雪をイメージし、作っている最中からは何故か男の料理になってしまい、あれこれと手を加えたものの失敗してしまったらしい。料理の失敗はともかくとして、小雪のオーラが欲しい、という発言に安彦麻理絵を思い出した。最近読んだ彼女の漫画に、顔は中谷美紀で雰囲気はジェーン・バーキンになりたい、という科白があったからだ。友人は私と同い年、安彦は30代半ばである。安彦の近影を見るに中谷美紀とはお世辞にも言えず、友人も小雪のオーラを持ち合わせてはおらず、もっともっと意志が強そうなイメージである。中身はちょっと違うのだが。それにしても女って成長しない……。そして常にないもの強請り。
そんな私も同じようにないもの強請りである。私の顔立ちはスッキリサッパリ系だ。体は幼児体型。コンプレックスは乳のなさ。なので巨乳小悪魔系に憧れる。露骨な小悪魔で例えるなら、広田レオナ。強か小悪魔で例えるなら広末涼子。特に広末は強かにも清純にも取れそうでお得感がある。こんなところでお得を求めてどうするよ、というのは棚に上げる。でまあ、露骨な例の広田レオナだ。独断で赤口紅が妖艶に見える女性ナンバー1。黒のシースルーのベビードールが似合う女性ナンバー1でもある。私が赤口紅を塗ると、お嬢ちゃんママのコスメをイタズラしちゃダメよ〜になり、黒ベビードールなんか着た日にゃあバケツで塩水をぶっ掛けられることだろう。自覚はある。私はどう転んでも広田レオナにはなれない。ならば広末でどうだ……も何も、あれは外見ではなく天性の小悪魔オーラだ。しかも小悪魔だけでなく天使オーラも出し入れ自在。広田レオナと広末涼子の共通点は、どちらも肉が好きそう、だ。私との共通点発見! って食生活だけであんな色気が出せる筈もない。後10cm乳がでかければ人生違っていたかもなあ、と常々思っている。むしろ違っていたに違いない。2cm3cmでは今と変わらないだろう。10cm! カップにして後3ランク上! 整形以外で乳を10cmでかくする術があるなら私はどんな努力も惜しむまい。ケツは立派だ。自画自賛になるけれど、パンツがパシッと決まるケツをしている。それだけに乳のなさが目立って見える。どう足掻いても問題は乳に帰結する。
今日、数年ぶりにダイエット本を購入してきた。昔買ったダイエット本はダンベル体操と食生活を取扱ったもの。今日のは1mウォーキングの本だ。ダイエットをする為に買った訳ではない。肩凝り腰痛及び姿勢の悪さを矯正したいのだ。小悪魔は姿勢が良さそうな気がする。猫背になるのはバーのカウンターのみ! いや、バーなんて行かないんだけど。今は呑めないし。まあ姿勢を良くするところから、自分自身に何か変化があればいいなあ、と。いい音楽は綺麗な生活から、ではないけれど、姿勢を良くすることで活発さを多少なりとも取り戻し、肩凝り腰痛などという生活染みた悩みを解消しよう、という目論見だ。小悪魔に生活感は不要。生活そのものは営まなければならないけれど、雰囲気から生活感が滲み出てはならないのだ。姿勢が悪いと生活感があるように見える。姿勢が良いとそれが薄れる気がする。気のせいかもしれないけれど、そう思ってしまったのだから仕方がない。だからまず姿勢矯正である。
親が少し前に、杖をつかないと歩けない、と言っていた。それが3週間ばかり整体に通い、何もなくても歩けるようになったばかりか体に柔軟性迄つけた。しかしその整体は実家の近くであり、ということはうちからは遠い。なのでできることからコツコツと、の精神で姿勢矯正。小悪魔は健康そうな気がする。病院というところは不健康な人が集まる場であり、不健康というのは生活感がある気がする。今通っている病院はともかく、その他の病院には近づきたくない。そして小悪魔は歯並びはさて置き、白い歯をしていそうである。煙草は吸うけれど白い歯。虫歯の存在は小悪魔には禁忌だ。虫歯を治療しなければ小悪魔にはなれない気がしてきた。歯医者に行かねば。しかし私の想像する小悪魔は凄い。不健康な生活をしつつ物凄く健康そうだ。今のところ、パッと見の雰囲気での小悪魔オーラに憧れている私。叶う日なんてこないとは思うけれど、きてしまったら部屋も小悪魔っぽくしなければ気が済まなくなりそうである。黒と紫ベースのデコラティブなアナスイの雰囲気を持った部屋か、赤と黒と白をベースにしたシンプルな部屋か。生成りや茶色は使わなさそうである。所帯染みた花柄も論外だ。これって物凄く金がかかるのではなかろうか。それでもやってのけてこその小悪魔なのだろうなあ。ああ、健康グッズなんかもあってはならないだろう。靴もスニーカーやビルケンなんかは絶対に履かず、最低5cm以上のヒールばかり履いていそうだ。なのに良い姿勢。日々の入浴はきっと常にバブルバス。香りは薔薇だな。決して六一○ハップなんか使わない筈だ。そのバブルバスの中でボディブラシで軽く洗うだけだろう。……書いていて凄い思い違いが混ざっていそうな気もしてきたけれど気にしない。小悪魔になりたい。小悪魔オーラの魅惑を振り撒きたい。そんなことを思う20代後半の春。小雪オーラを目指す友人の方が健康的に思えてきた。
BGM/アルバム「見知らぬ世界」
昨日友人とメッセで話していたら、小雪のオーラが欲しい、なんぞと言い出した。小雪とはモデル上がりで現在は女優として活躍している女性のことだ。私にとって小雪とは、四角い人、でしかない。因って、なんであんな四角くなりたいの? と訊ねた。彼女は別に四角くなりたい訳ではないらしい。なんというか、透明感? そんなものを小雪に感じ、そのオーラが欲しいと言う。解らん。四角いオーラしか感じない……。藤原紀香は中央集中オーラしか感じず、セクシーだの健康美だの、増してや峰不二子を感じない。あくまで、真ん中密集パーツ、だ。だからオーラもそれになる。同じように、小雪が発しているのは四角オーラだとしか思えないのだが、彼女にとっては透明感らしい。そしてその小雪オーラの源として、野菜ばかり食べていそう、と感じた彼女はシチューを作ったと言う。クリームシチューで、具はブロッコリーとスナックエンドウとマカロニ。作る迄は小雪をイメージし、作っている最中からは何故か男の料理になってしまい、あれこれと手を加えたものの失敗してしまったらしい。料理の失敗はともかくとして、小雪のオーラが欲しい、という発言に安彦麻理絵を思い出した。最近読んだ彼女の漫画に、顔は中谷美紀で雰囲気はジェーン・バーキンになりたい、という科白があったからだ。友人は私と同い年、安彦は30代半ばである。安彦の近影を見るに中谷美紀とはお世辞にも言えず、友人も小雪のオーラを持ち合わせてはおらず、もっともっと意志が強そうなイメージである。中身はちょっと違うのだが。それにしても女って成長しない……。そして常にないもの強請り。
そんな私も同じようにないもの強請りである。私の顔立ちはスッキリサッパリ系だ。体は幼児体型。コンプレックスは乳のなさ。なので巨乳小悪魔系に憧れる。露骨な小悪魔で例えるなら、広田レオナ。強か小悪魔で例えるなら広末涼子。特に広末は強かにも清純にも取れそうでお得感がある。こんなところでお得を求めてどうするよ、というのは棚に上げる。でまあ、露骨な例の広田レオナだ。独断で赤口紅が妖艶に見える女性ナンバー1。黒のシースルーのベビードールが似合う女性ナンバー1でもある。私が赤口紅を塗ると、お嬢ちゃんママのコスメをイタズラしちゃダメよ〜になり、黒ベビードールなんか着た日にゃあバケツで塩水をぶっ掛けられることだろう。自覚はある。私はどう転んでも広田レオナにはなれない。ならば広末でどうだ……も何も、あれは外見ではなく天性の小悪魔オーラだ。しかも小悪魔だけでなく天使オーラも出し入れ自在。広田レオナと広末涼子の共通点は、どちらも肉が好きそう、だ。私との共通点発見! って食生活だけであんな色気が出せる筈もない。後10cm乳がでかければ人生違っていたかもなあ、と常々思っている。むしろ違っていたに違いない。2cm3cmでは今と変わらないだろう。10cm! カップにして後3ランク上! 整形以外で乳を10cmでかくする術があるなら私はどんな努力も惜しむまい。ケツは立派だ。自画自賛になるけれど、パンツがパシッと決まるケツをしている。それだけに乳のなさが目立って見える。どう足掻いても問題は乳に帰結する。
今日、数年ぶりにダイエット本を購入してきた。昔買ったダイエット本はダンベル体操と食生活を取扱ったもの。今日のは1mウォーキングの本だ。ダイエットをする為に買った訳ではない。肩凝り腰痛及び姿勢の悪さを矯正したいのだ。小悪魔は姿勢が良さそうな気がする。猫背になるのはバーのカウンターのみ! いや、バーなんて行かないんだけど。今は呑めないし。まあ姿勢を良くするところから、自分自身に何か変化があればいいなあ、と。いい音楽は綺麗な生活から、ではないけれど、姿勢を良くすることで活発さを多少なりとも取り戻し、肩凝り腰痛などという生活染みた悩みを解消しよう、という目論見だ。小悪魔に生活感は不要。生活そのものは営まなければならないけれど、雰囲気から生活感が滲み出てはならないのだ。姿勢が悪いと生活感があるように見える。姿勢が良いとそれが薄れる気がする。気のせいかもしれないけれど、そう思ってしまったのだから仕方がない。だからまず姿勢矯正である。
親が少し前に、杖をつかないと歩けない、と言っていた。それが3週間ばかり整体に通い、何もなくても歩けるようになったばかりか体に柔軟性迄つけた。しかしその整体は実家の近くであり、ということはうちからは遠い。なのでできることからコツコツと、の精神で姿勢矯正。小悪魔は健康そうな気がする。病院というところは不健康な人が集まる場であり、不健康というのは生活感がある気がする。今通っている病院はともかく、その他の病院には近づきたくない。そして小悪魔は歯並びはさて置き、白い歯をしていそうである。煙草は吸うけれど白い歯。虫歯の存在は小悪魔には禁忌だ。虫歯を治療しなければ小悪魔にはなれない気がしてきた。歯医者に行かねば。しかし私の想像する小悪魔は凄い。不健康な生活をしつつ物凄く健康そうだ。今のところ、パッと見の雰囲気での小悪魔オーラに憧れている私。叶う日なんてこないとは思うけれど、きてしまったら部屋も小悪魔っぽくしなければ気が済まなくなりそうである。黒と紫ベースのデコラティブなアナスイの雰囲気を持った部屋か、赤と黒と白をベースにしたシンプルな部屋か。生成りや茶色は使わなさそうである。所帯染みた花柄も論外だ。これって物凄く金がかかるのではなかろうか。それでもやってのけてこその小悪魔なのだろうなあ。ああ、健康グッズなんかもあってはならないだろう。靴もスニーカーやビルケンなんかは絶対に履かず、最低5cm以上のヒールばかり履いていそうだ。なのに良い姿勢。日々の入浴はきっと常にバブルバス。香りは薔薇だな。決して六一○ハップなんか使わない筈だ。そのバブルバスの中でボディブラシで軽く洗うだけだろう。……書いていて凄い思い違いが混ざっていそうな気もしてきたけれど気にしない。小悪魔になりたい。小悪魔オーラの魅惑を振り撒きたい。そんなことを思う20代後半の春。小雪オーラを目指す友人の方が健康的に思えてきた。
BGM/アルバム「見知らぬ世界」
一足早く
2004年1月25日 メイク・ファッション・ピアス 現在26日。
昨日は月に1度の近所でのフリーマーケット開催日。珍しくうちのの動きが悪く、私が先に出かけた。収穫はとんぼ玉の付いたヘアゴム5つ・赤いマフラーひとつ・ピアスひとつ・スワロだったかチェコビーズだったかの指輪ふたつ。とんぼ玉が高かった。全て作家の手作り1点物なので仕方なし。髪を切りに行きたいのだけれど、新規ピアスホールが安定していない為3月迄行けないのだ。いや、行こうと思えば行けるのだけれどブラシやタオルで引っ掛けられても困るし、美容師さんに引っ掛けないようにしなきゃという気遣いをさせてしまうのも申し訳ないし。なので最近は中途半端な髪を後ろでひとつ結びにし、サイドをピンで留めていることが多い。某所で簪がちょっとしたブームになっており、和物好きの私は簪も好きなので使いたいけれどそこ迄の髪の長さもなく諦めていた。そんな矢先に目の前に出てきたとんぼ玉ヘアゴム。飛びつくに決まっている。もうひとつかなり欲しいとんぼ玉があったけれど、予算の関係で泣く泣く諦めた。と、会場を一回りしたところでうちのが登場。一緒にお出かけ。
土曜の夜、私の誕生日プレゼントについて話し合った。うちのからの提案はデジカメか携帯電話機種交換。私の希望は自転車かアクセサリ。衣類や靴は悉く却下された。携帯電話の機種交換もかなり魅力的ではあったけれど、日々進化し続けているこれは、またそのうちに機種交換をしたくなる日または壊れて交換せざるを得ない日がくるだろう。となると、プレゼントとしてもらった場合、非常に気まずくなりそうな気がしたので1晩悩んでやめにした。一緒に出かけて電車に乗ったり歩いたりしつつ、頭の中では自転車かアクセサリかで悩み続けていた私が決断したのは、無印良品で自転車を見たときである。なんかショボい……。そして無印に行く前に私はアナスイにて念願のアイブロウパウダーを購入しており、コスメフロアの隣のアクセサリフロアの華やかさに魅力を感じていた。ショボい物より華やかな物。過去に実用的過ぎるプレゼントが多かったので、たまには色気のある物。それに自転車だとメンテナンスもしなければならず面倒だ。決定。無印で日用品や食料品の買い物終了後にお茶を飲み、デパートに戻った。肝は、10倍速、である。先日、3倍速や5倍速で物を選んでもうちのは不機嫌になった。特に今回はプレゼントしてもらう立場。不機嫌になられたら最後、何もなしということになりかねない。売り場をアナスイのアクセサリコーナーに絞り、真剣に物色。最初に気を惹かれたのは、ピンクの蝶のピアスとネックレスのセット。指輪を付けて2万くらい。どう? とうちのにお伺いを立てる。ちょっと若作りじゃないか? 煩い。ほっとけ。でも飽きがきそうではある。傍に置かれていた透明感のあるブルーのような紫のようなピアスに目が行った。ビーズ付きチェーンが付いている物で、店員さんに説明・実演してもらったところ、チェーンは取外し及び長さ調整変更可能。しかもチェーンのみを他のピアスとも組み合わせることができる。なんて多機能なんだ! コレ! とお揃いのブレスレットも。指輪もありますが? と薦められたけれどひとつの思惑があり断った。お揃いのヘアピンがあれば……と訊くも生憎なく、ピアスとブレスを買ってもらった。感謝感謝。会計時、うちのが私の耳元で囁いた。DVD-Rじゃなくていいの? ああ! それも欲しい! でも色気の欠片もない。焼く物の内容はともかく本体には。それはホワイトデイによろしく、と受け流した。
それから前夜にうちのと相談の上、プレゼントではなく家電として、で購入決定したデジカメを買うべく電器屋へ。うちのが脳内購入決定していた物は煙草の箱より小さい、最も携帯性に優れた200万画素。その隣に2000円だけ高い300万画素の物があった。大きさは私の折り畳み型携帯電話と同程度。うちのは携帯利便性=お手軽感で200万画素の方に決めていたのに、2000円差で100万画素も違う、特に携帯性が悪いとも思えない隣の物に私の気は向いた。2000円で100万画素アップという貧乏根性故である。うちのは機械類に詳しい。私は門外漢。店頭でいろいろ比較し、店員さんにも説明をもらい、フラッシュの性能が違うということが私の中で決定打となり、300万画素の方を購入。うちのは腑に落ちない顔をしていた。正にPCヲタが貧乏根性の強いダラ似非奥に説き伏せられた奇跡的瞬間。うちのはまさか私が、違う物の方がいい、と言ってくるとは思っていなかったらしい。その後、バラエティショップにて思惑であった私へのサブ・プレゼントとして、先日見かけて健康グッズ好きの私が滅茶苦茶気になっていた姿勢バランスシリーズのスリッパ・クッション・ピロー計3点を買ってもらい、デパ地下で夕食の惣菜を購入し、帰宅。その間、うちのはずっと腑に落ちない顔をしていた。私はご機嫌。
うちのの機嫌が戻ったのは、某巨大掲示板にて昨日購入したデジカメの評判を読み、その後画像や動画をを試し撮りし始めてから。小動物らの画像を撮るのは勿論のこと、私がメイクを落としている姿を撮ってはギトギトしていると笑い、ちょっとここ通りますよ、のポーズと表情をさせては似てると笑い……。名誉の為に書かせてもらうが断じて私は、ちょっとここ通りますよ、に似てはいない。むしろ、うちのの方が、クマー! である。うちではデューク更家のことを8モナと呼んでいる。語源は私が某スレでそのように呼ばれていることを知り、激しく納得したから。健康グッズ好きな私は各種健康療法にも興味があり、今最も気になっているのは8モナの1mウォーキングだ。興味を持つ=実践する、ではない。そのうちやろうかなー、と思いつつ雑誌での特集記事スクラップを見ている日々。そろそろ本当にやってみようか、と思い始めたのだけれど、今、私は今年最高の腰痛に苦しんでいる。メインプレゼントのピアスとブレスレットは誕生日に開けようと保管してあり、昨日はプレ・プレゼント3点のみを開けて使い始めた。スリッパは大変快適。足指迄行き届いていないながらも、土踏まずの辺りはビルケンの靴並みにフィットしている。そしてこの日記を書きながらスリッパを履き、クッションを尻の下に置いている。このクッションが腰痛の火種。姿勢矯正を謳っている所為か高反発。座り心地は宜しくない。高反発で硬いから腰痛に襲われているのではない。恐らく正しく背筋を伸ばして座ることに慣れればつらくない筈だ。猫背だから本来負荷がかかるべきでない場所に余計な負荷がかかっているからこそ、つらいのだろう。長年の姿勢の悪さがこれで矯正され、定着する迄にどれ程の月日がかかるのか。それ迄に飽きなければいいが……。1mウォーキング実践は猫背が治らなくとも、この腰痛が去ってからになるだろう。今は無理。絶対無理。この後、寝つく迄の間にピローを試すのだが肩凝りにならないことを祈るばかり。
服装/セレクト物のネル生地花柄ピンクのツインカットソー+A.P.C.のデニムパンツ+モナミピエルロのベージュのレザージャケット+赤いマフラー+ベージュに折柄の入ったポンポン付ニット帽+青い海軍物スエードブーツ+1点物ショルダートート
メイク/ティント乳液っぽい某下地→オイルクレンジングマスカラベース→ピエヌ・ディープラッシュマスカラの黒→ランコム・カラーフォース236→ランコム・ジューシーチューブ14
昨日は月に1度の近所でのフリーマーケット開催日。珍しくうちのの動きが悪く、私が先に出かけた。収穫はとんぼ玉の付いたヘアゴム5つ・赤いマフラーひとつ・ピアスひとつ・スワロだったかチェコビーズだったかの指輪ふたつ。とんぼ玉が高かった。全て作家の手作り1点物なので仕方なし。髪を切りに行きたいのだけれど、新規ピアスホールが安定していない為3月迄行けないのだ。いや、行こうと思えば行けるのだけれどブラシやタオルで引っ掛けられても困るし、美容師さんに引っ掛けないようにしなきゃという気遣いをさせてしまうのも申し訳ないし。なので最近は中途半端な髪を後ろでひとつ結びにし、サイドをピンで留めていることが多い。某所で簪がちょっとしたブームになっており、和物好きの私は簪も好きなので使いたいけれどそこ迄の髪の長さもなく諦めていた。そんな矢先に目の前に出てきたとんぼ玉ヘアゴム。飛びつくに決まっている。もうひとつかなり欲しいとんぼ玉があったけれど、予算の関係で泣く泣く諦めた。と、会場を一回りしたところでうちのが登場。一緒にお出かけ。
土曜の夜、私の誕生日プレゼントについて話し合った。うちのからの提案はデジカメか携帯電話機種交換。私の希望は自転車かアクセサリ。衣類や靴は悉く却下された。携帯電話の機種交換もかなり魅力的ではあったけれど、日々進化し続けているこれは、またそのうちに機種交換をしたくなる日または壊れて交換せざるを得ない日がくるだろう。となると、プレゼントとしてもらった場合、非常に気まずくなりそうな気がしたので1晩悩んでやめにした。一緒に出かけて電車に乗ったり歩いたりしつつ、頭の中では自転車かアクセサリかで悩み続けていた私が決断したのは、無印良品で自転車を見たときである。なんかショボい……。そして無印に行く前に私はアナスイにて念願のアイブロウパウダーを購入しており、コスメフロアの隣のアクセサリフロアの華やかさに魅力を感じていた。ショボい物より華やかな物。過去に実用的過ぎるプレゼントが多かったので、たまには色気のある物。それに自転車だとメンテナンスもしなければならず面倒だ。決定。無印で日用品や食料品の買い物終了後にお茶を飲み、デパートに戻った。肝は、10倍速、である。先日、3倍速や5倍速で物を選んでもうちのは不機嫌になった。特に今回はプレゼントしてもらう立場。不機嫌になられたら最後、何もなしということになりかねない。売り場をアナスイのアクセサリコーナーに絞り、真剣に物色。最初に気を惹かれたのは、ピンクの蝶のピアスとネックレスのセット。指輪を付けて2万くらい。どう? とうちのにお伺いを立てる。ちょっと若作りじゃないか? 煩い。ほっとけ。でも飽きがきそうではある。傍に置かれていた透明感のあるブルーのような紫のようなピアスに目が行った。ビーズ付きチェーンが付いている物で、店員さんに説明・実演してもらったところ、チェーンは取外し及び長さ調整変更可能。しかもチェーンのみを他のピアスとも組み合わせることができる。なんて多機能なんだ! コレ! とお揃いのブレスレットも。指輪もありますが? と薦められたけれどひとつの思惑があり断った。お揃いのヘアピンがあれば……と訊くも生憎なく、ピアスとブレスを買ってもらった。感謝感謝。会計時、うちのが私の耳元で囁いた。DVD-Rじゃなくていいの? ああ! それも欲しい! でも色気の欠片もない。焼く物の内容はともかく本体には。それはホワイトデイによろしく、と受け流した。
それから前夜にうちのと相談の上、プレゼントではなく家電として、で購入決定したデジカメを買うべく電器屋へ。うちのが脳内購入決定していた物は煙草の箱より小さい、最も携帯性に優れた200万画素。その隣に2000円だけ高い300万画素の物があった。大きさは私の折り畳み型携帯電話と同程度。うちのは携帯利便性=お手軽感で200万画素の方に決めていたのに、2000円差で100万画素も違う、特に携帯性が悪いとも思えない隣の物に私の気は向いた。2000円で100万画素アップという貧乏根性故である。うちのは機械類に詳しい。私は門外漢。店頭でいろいろ比較し、店員さんにも説明をもらい、フラッシュの性能が違うということが私の中で決定打となり、300万画素の方を購入。うちのは腑に落ちない顔をしていた。正にPCヲタが貧乏根性の強いダラ似非奥に説き伏せられた奇跡的瞬間。うちのはまさか私が、違う物の方がいい、と言ってくるとは思っていなかったらしい。その後、バラエティショップにて思惑であった私へのサブ・プレゼントとして、先日見かけて健康グッズ好きの私が滅茶苦茶気になっていた姿勢バランスシリーズのスリッパ・クッション・ピロー計3点を買ってもらい、デパ地下で夕食の惣菜を購入し、帰宅。その間、うちのはずっと腑に落ちない顔をしていた。私はご機嫌。
うちのの機嫌が戻ったのは、某巨大掲示板にて昨日購入したデジカメの評判を読み、その後画像や動画をを試し撮りし始めてから。小動物らの画像を撮るのは勿論のこと、私がメイクを落としている姿を撮ってはギトギトしていると笑い、ちょっとここ通りますよ、のポーズと表情をさせては似てると笑い……。名誉の為に書かせてもらうが断じて私は、ちょっとここ通りますよ、に似てはいない。むしろ、うちのの方が、クマー! である。うちではデューク更家のことを8モナと呼んでいる。語源は私が某スレでそのように呼ばれていることを知り、激しく納得したから。健康グッズ好きな私は各種健康療法にも興味があり、今最も気になっているのは8モナの1mウォーキングだ。興味を持つ=実践する、ではない。そのうちやろうかなー、と思いつつ雑誌での特集記事スクラップを見ている日々。そろそろ本当にやってみようか、と思い始めたのだけれど、今、私は今年最高の腰痛に苦しんでいる。メインプレゼントのピアスとブレスレットは誕生日に開けようと保管してあり、昨日はプレ・プレゼント3点のみを開けて使い始めた。スリッパは大変快適。足指迄行き届いていないながらも、土踏まずの辺りはビルケンの靴並みにフィットしている。そしてこの日記を書きながらスリッパを履き、クッションを尻の下に置いている。このクッションが腰痛の火種。姿勢矯正を謳っている所為か高反発。座り心地は宜しくない。高反発で硬いから腰痛に襲われているのではない。恐らく正しく背筋を伸ばして座ることに慣れればつらくない筈だ。猫背だから本来負荷がかかるべきでない場所に余計な負荷がかかっているからこそ、つらいのだろう。長年の姿勢の悪さがこれで矯正され、定着する迄にどれ程の月日がかかるのか。それ迄に飽きなければいいが……。1mウォーキング実践は猫背が治らなくとも、この腰痛が去ってからになるだろう。今は無理。絶対無理。この後、寝つく迄の間にピローを試すのだが肩凝りにならないことを祈るばかり。
服装/セレクト物のネル生地花柄ピンクのツインカットソー+A.P.C.のデニムパンツ+モナミピエルロのベージュのレザージャケット+赤いマフラー+ベージュに折柄の入ったポンポン付ニット帽+青い海軍物スエードブーツ+1点物ショルダートート
メイク/ティント乳液っぽい某下地→オイルクレンジングマスカラベース→ピエヌ・ディープラッシュマスカラの黒→ランコム・カラーフォース236→ランコム・ジューシーチューブ14
急いては事を……
2004年1月23日 メイク・ファッション・ピアス 現在、24日。
昨日は病院の待ち時間と帰りに久々にいろいろとコスメを購入。待ち時間には病院近くのDSで魔女の熱情と東京の夜と素直を購入。診察後に、某デパートにてアユーラの限定プレスト予約、狙っていたランコムのチークはオレンジ系だったのでスルーして、隣の某デパートのエスティローダーで持参していた葉書を出して誕生日プレゼントをもらい、ポール&ジョーでネイルを試して欲しくなるも我慢し、バラエティショップでエテュセのパフ・シンシアローリーのリキッドの白・舞妓はんのお粉・コンシーラを購入。シンシアは某デパートで買いたかったのだが、既に撤退していた。シンシア撤退の噂、白に近いグレーから黒に近いグレーに脳内変換。アナスイのアイブロウパウダーは近日中に購入の予定。あと、魔女のシャドウとグロスが思いの他よかったので数色買い足ししたい。エスティからきていた葉書では、何も購入しなくても、と書かれていたけれど流石に気が引けるので何かしら購入するつもりだったものの時間がなく、また今度ゆっくりきます〜と笑顔で去った。何を買いに行くか考えなければ。カウンタ対応の悪評高いブランドだけれど、私は嫌な思いをしたことなし。昨日もサンプル乞食のような形になってしまったけれど、丁寧に対応してもらえた。だからこそ、何を買おうか考えようという気になっている。今年のプレゼントはパフュームスプレー。なかなかに好みの香り。去年もらったボディスプレーも良い香りで勿体無くてまだ使っていない。いい加減に使わないと品質が劣化しそうだ。
ポール&ジョーで我慢したのは、似た色がアナスイにもあるかも、と思ったからだ。価格帯が似ていてどちらもアルビオン系列だから。単品しか発売していない物ならともかくブランドコスメで、ひとつだけ持っている、という状態がとても嫌でならない。なので気になる物は多くとも、高価なサンローランやソニアには手を出し難い。そしてこの性分故に昨日は今迄ツールセットしか持っていなかったシンシアの物を買ったと言っても過言ではない。エスティのもシャドウ下地しかないので何かしら早く購入したい所存。それともエスティのをさっさと使い切ってイプサにアイテムを移行するか。でも基礎物じゃあるまいし、大量に使える物でもない。やはりリップか何かを買って名前を刻んでもらおう。そうしよう。そのうち。スティラはまだハンキーが置かれていなくて助かった。スルーしたい代物だけれど、実物を見てしまうとパケ買いしてしまいそう。スティラはやり口が汚いし、ハンキーその物の評判は悪いし、私自身もトライパンやブックが好きなのだけれど、見ると負けそうな悪寒。しかもスティラは私がポイントカードを持っているデパートに入っている。好きなアナスイ・イプサ・アユーラは入っていない。これらが入っていたらポイントは貯まるし、買い物も纏めてできるし非常に便利になる。その分、余計な物迄買ってしまいそうなので入っていなくて正解なのか。ポール&ジョーが入って嬉しかったけれど、ブランドメインのMAがどうも嫌い。そして価格帯は似ているし、アナからポールに移行しようかと思ったのに、今日初めて本格的にテスターを見て初めて知ったこと。なんでカラースティックがこんなに細いんだ! アナスイの1/4くらいしかないじゃないか! やっぱり21日に買いに行けばよかった。甘かった。ポールへの移行はやめてミスエレかエレガンスにしよう。このデパートでベネフィットが復活してくれれば……。夢のまた夢。
ベネフィットが撤退する際、ベネティントなど多数の欲しい物があった。けれど全部揃える経済的余裕はなく、かといってひとつだけ買っておこうという気には上記性分故になれず、泣く泣く見送った。正解だったと思う。きっと幾つか買ったところで順次なくなっていく筈であり、そうなると最終的にはコスメボックスに何かしらひとつだけが残ることになり、その物の居心地が悪くなりそうだから。現在、居心地が悪そうにしているのは、エスティ・クラランス・セルフィット・ガリュ・ルミュウ・ルティーナ。全て色物。カバーマークもルースパウダーしかないけれど、これは持ち歩き用に別のケースに移し変えている為、脳内ではふたつあることになっていて平気。また基礎物はライン使いに拘っていない。昔はラインでなければ気に食わず、色物はひとつしかなくても構わなかった。いつ立場が逆転したのだろう。記憶にない。エスティはそのうち何かしら買う予定。クラランスは相当前からペンシルアイライナーを買うつもりでいたのに、何故かいつも後回しになっている。早く買わねばフィックスマスカラが切ない。ガリュはまだ生き残っているのか? というくらいに見かけず、セルフィット・ルミュウ・ルティーナは今持っている物以外に他に欲しい物がないので困っている。セルフィットから貧乏臭さが消え、ルミュウが色物を展開し、ルティーナがブルーベース向けの物を出してくれればいいのに。ボビィ・シュウ・MAC・ブルーム・ボーテドコーセーなどは手を出したいけれど、欲しい物が多く且つ集め始めるとやたらと金がかかりそうなので現在我慢中。
とまあ、昨日はコスメ類を買ってきて、道中に衣類・服飾小物の店も覗いたりした訳だが、コスメ以外は全て我慢。ひとつ無性に欲しくなったレモンイエローのカーディガンに遭遇。安い。ブルーベースでも似合いそうなこの手のパッキリした黄色にはなかなか巡り合えない。けれど現品のみの難あり商品だったので諦めた。私に編み物の才があれば買っていたに違いない。そしてあちこち覗いているときにふと後悔の念が過ぎった。先日、自分でブーツを購入した話を書いた。それはバーゲン中に買ってしまった方がいいと思ったからだ。けれども昨今、バーゲンは1月中やっているところが多い。……やはり誕生日プレゼントにねだるべきだったか。誕生日迄もう少し。何をねだろう。欲しい物はたくさんあるが、今現在どうしてもコレ! という程の物はうちのに既に拒否されたボディピアス以外にはない。私の誕生日が21日だったらアナの廃盤商品の欲しい物全部だったかも。ビュルデサボンで見た白いムートンジャケットが可愛かったけれど、付き合い始めでもあるまいし3万強はねだりにくい。ツモリの5万強のブーツも論外。ホコモモラのハーフコートかスナオの春物の靴は共に2万弱で無難か。けれど靴や衣類を減らさせたがっているうちのは頷くまい。鞄は既にふたつもらってヘビーローテーョンさせているので今更感がある。300万円相当の「最後の世界大戦」は自分で見つけてきたら買ってやる、と言われているけれど現在10冊程度しかこの世に残っていないと言われている代物が容易く発見できる筈もなく。このままではプレゼントをデジカメにされそうだ。うちのは今、私にデジカメをプレゼントしたがっている。私は特に欲しくないのに、単に自分が欲しいからだ。要らん。お手頃価格のネック細めのアメストを探す旅にでも出たい。あ、旅に出る為のチャリを希望してみようか。
昨日は病院の待ち時間と帰りに久々にいろいろとコスメを購入。待ち時間には病院近くのDSで魔女の熱情と東京の夜と素直を購入。診察後に、某デパートにてアユーラの限定プレスト予約、狙っていたランコムのチークはオレンジ系だったのでスルーして、隣の某デパートのエスティローダーで持参していた葉書を出して誕生日プレゼントをもらい、ポール&ジョーでネイルを試して欲しくなるも我慢し、バラエティショップでエテュセのパフ・シンシアローリーのリキッドの白・舞妓はんのお粉・コンシーラを購入。シンシアは某デパートで買いたかったのだが、既に撤退していた。シンシア撤退の噂、白に近いグレーから黒に近いグレーに脳内変換。アナスイのアイブロウパウダーは近日中に購入の予定。あと、魔女のシャドウとグロスが思いの他よかったので数色買い足ししたい。エスティからきていた葉書では、何も購入しなくても、と書かれていたけれど流石に気が引けるので何かしら購入するつもりだったものの時間がなく、また今度ゆっくりきます〜と笑顔で去った。何を買いに行くか考えなければ。カウンタ対応の悪評高いブランドだけれど、私は嫌な思いをしたことなし。昨日もサンプル乞食のような形になってしまったけれど、丁寧に対応してもらえた。だからこそ、何を買おうか考えようという気になっている。今年のプレゼントはパフュームスプレー。なかなかに好みの香り。去年もらったボディスプレーも良い香りで勿体無くてまだ使っていない。いい加減に使わないと品質が劣化しそうだ。
ポール&ジョーで我慢したのは、似た色がアナスイにもあるかも、と思ったからだ。価格帯が似ていてどちらもアルビオン系列だから。単品しか発売していない物ならともかくブランドコスメで、ひとつだけ持っている、という状態がとても嫌でならない。なので気になる物は多くとも、高価なサンローランやソニアには手を出し難い。そしてこの性分故に昨日は今迄ツールセットしか持っていなかったシンシアの物を買ったと言っても過言ではない。エスティのもシャドウ下地しかないので何かしら早く購入したい所存。それともエスティのをさっさと使い切ってイプサにアイテムを移行するか。でも基礎物じゃあるまいし、大量に使える物でもない。やはりリップか何かを買って名前を刻んでもらおう。そうしよう。そのうち。スティラはまだハンキーが置かれていなくて助かった。スルーしたい代物だけれど、実物を見てしまうとパケ買いしてしまいそう。スティラはやり口が汚いし、ハンキーその物の評判は悪いし、私自身もトライパンやブックが好きなのだけれど、見ると負けそうな悪寒。しかもスティラは私がポイントカードを持っているデパートに入っている。好きなアナスイ・イプサ・アユーラは入っていない。これらが入っていたらポイントは貯まるし、買い物も纏めてできるし非常に便利になる。その分、余計な物迄買ってしまいそうなので入っていなくて正解なのか。ポール&ジョーが入って嬉しかったけれど、ブランドメインのMAがどうも嫌い。そして価格帯は似ているし、アナからポールに移行しようかと思ったのに、今日初めて本格的にテスターを見て初めて知ったこと。なんでカラースティックがこんなに細いんだ! アナスイの1/4くらいしかないじゃないか! やっぱり21日に買いに行けばよかった。甘かった。ポールへの移行はやめてミスエレかエレガンスにしよう。このデパートでベネフィットが復活してくれれば……。夢のまた夢。
ベネフィットが撤退する際、ベネティントなど多数の欲しい物があった。けれど全部揃える経済的余裕はなく、かといってひとつだけ買っておこうという気には上記性分故になれず、泣く泣く見送った。正解だったと思う。きっと幾つか買ったところで順次なくなっていく筈であり、そうなると最終的にはコスメボックスに何かしらひとつだけが残ることになり、その物の居心地が悪くなりそうだから。現在、居心地が悪そうにしているのは、エスティ・クラランス・セルフィット・ガリュ・ルミュウ・ルティーナ。全て色物。カバーマークもルースパウダーしかないけれど、これは持ち歩き用に別のケースに移し変えている為、脳内ではふたつあることになっていて平気。また基礎物はライン使いに拘っていない。昔はラインでなければ気に食わず、色物はひとつしかなくても構わなかった。いつ立場が逆転したのだろう。記憶にない。エスティはそのうち何かしら買う予定。クラランスは相当前からペンシルアイライナーを買うつもりでいたのに、何故かいつも後回しになっている。早く買わねばフィックスマスカラが切ない。ガリュはまだ生き残っているのか? というくらいに見かけず、セルフィット・ルミュウ・ルティーナは今持っている物以外に他に欲しい物がないので困っている。セルフィットから貧乏臭さが消え、ルミュウが色物を展開し、ルティーナがブルーベース向けの物を出してくれればいいのに。ボビィ・シュウ・MAC・ブルーム・ボーテドコーセーなどは手を出したいけれど、欲しい物が多く且つ集め始めるとやたらと金がかかりそうなので現在我慢中。
とまあ、昨日はコスメ類を買ってきて、道中に衣類・服飾小物の店も覗いたりした訳だが、コスメ以外は全て我慢。ひとつ無性に欲しくなったレモンイエローのカーディガンに遭遇。安い。ブルーベースでも似合いそうなこの手のパッキリした黄色にはなかなか巡り合えない。けれど現品のみの難あり商品だったので諦めた。私に編み物の才があれば買っていたに違いない。そしてあちこち覗いているときにふと後悔の念が過ぎった。先日、自分でブーツを購入した話を書いた。それはバーゲン中に買ってしまった方がいいと思ったからだ。けれども昨今、バーゲンは1月中やっているところが多い。……やはり誕生日プレゼントにねだるべきだったか。誕生日迄もう少し。何をねだろう。欲しい物はたくさんあるが、今現在どうしてもコレ! という程の物はうちのに既に拒否されたボディピアス以外にはない。私の誕生日が21日だったらアナの廃盤商品の欲しい物全部だったかも。ビュルデサボンで見た白いムートンジャケットが可愛かったけれど、付き合い始めでもあるまいし3万強はねだりにくい。ツモリの5万強のブーツも論外。ホコモモラのハーフコートかスナオの春物の靴は共に2万弱で無難か。けれど靴や衣類を減らさせたがっているうちのは頷くまい。鞄は既にふたつもらってヘビーローテーョンさせているので今更感がある。300万円相当の「最後の世界大戦」は自分で見つけてきたら買ってやる、と言われているけれど現在10冊程度しかこの世に残っていないと言われている代物が容易く発見できる筈もなく。このままではプレゼントをデジカメにされそうだ。うちのは今、私にデジカメをプレゼントしたがっている。私は特に欲しくないのに、単に自分が欲しいからだ。要らん。お手頃価格のネック細めのアメストを探す旅にでも出たい。あ、旅に出る為のチャリを希望してみようか。
行けども行けども
2004年1月20日 メイク・ファッション・ピアス 某所にて某URLが晒されているのを発見。大丈夫だとは思うけれど、前例があるので悪しきことが起きないよう祈るばかり。いろいろ考えるとまた脳内悪循環スパイラルに陥るので考えない。楽しいことを考えよう。楽しいこと……今、気になっているマスカラがある。最近発売されたばかりのヴィセのマスカラ。2000円ということは、DSなら1600円以下で購入可能。評判上々にて欲しいと思っているのだけれど、気に入らない点がひとつ。イメガが嫌い。大手コスメブランドには大概イメージガールがついている。ヴィセのイメガは長くハマが勤めている。それ故に私はヴィセを購入しない。ドーリィシリーズのときは小指の爪の先程度に小悪魔に扮したハマをかわいいと思ってしまったけれど、基本的に嫌いなので結局何も購入しなかった。特に気に入ったアイテムもなかったし。テスティモのイメガは最近ヨネから山田優とやらに代わったようだ。彼女をよく知らなかった私はCMを初めて見たとき、篠原涼子が若返った、と思ってしまった。似ている気がする。特に口元。ヨネにしても山田にしても特に好きではないのでテスティモ商品も殆ど持っていない。目元のコスメアイテムにピエヌは多い。伊東美咲も鼻フック風味で好きではないのだけれど、資生堂は好きなのだ。カネボウ・コーセーはどうも資生堂の後追いばかりしている気がして、イメガもそうだが企業の姿勢が余り好きでない。という訳で、今私の睫はキラキラしている。
何が、という訳で、なのかと言うと、近所のDSにて今日迄資生堂カウンセリング商品が33%オフだったので、ピエヌのディープラッシュマスカラの17番リピート用と今更ながらに限定にも関わらず賛否両論の所為か在庫があったプリズマライズマスカラを購入してきたのだ。このプリズマライズマスカラ、見た目はラベンダーがかった淡いピンク色。つけるとピンクは消えてグリーン系のラメが光る。見た目もつけた感じも可愛い。今つけているのはテスターであり、まだ買ってきた現品はつけていない。テスターを試し、コイル型コームが2種ついている点が気に入った。つけたときの光り具合も。以前持っていたFSPのマスカラアクロバットよりも偏光具合がよろしい。コームもピエヌの方が使い易い。マスカラアクロバットのはコームの目が粗くいちいち歯間ブラシに取らなければならないのが面倒だったけれど、こちらは細かいコームがついているのだ。以前、マスカラアクロバットのオレンジをつけて出かけた際、うちのに、睫に埃が付いてる、と言われて以来ラメマスカラは使わなくなっていた。プリズマライズマスカラでも同様の指摘を受けそうだが、今度はもう自己満足アイテムと割り切って使う予定。いいんだ、ライヴ用にするから。……しかし果たして次のライヴはいつ行われることやらという不安はあるけれど。ドラマーが脱退してから次の活動予定の発表がないのに、ライヴ用アイテムが今回のマスカラやら先日の袴やらと増えていっている。早くこれらアイテムに日の目を見せたいものである。
ディープラッシュマスカラはリピート用、と書いた。実はマスカラをリピートするのはこれが初めて。大概のマスカラはつけ難さや滲みなどでお蔵入り、気に入る物に出会っても使いきる頃には飽きてしまう。ディープラッシュマスカラも多少滲む。けれど、クラランスのフィックスマスカラに登場願う程ではなく、滲んでも綿棒でちょっと拭えば取れるし、何よりコームが使い易い。昨今、コーム型マスカラは増えてきているけれど私の知る限り、このディープラッシュマスカラのコームが最も目が細かい。丁寧につければ別途コームが不要なので急いでいるときに特に重宝している。これが廃盤になったらどうしようというくらいに頼っている。落ちなさ具合ではFSPのマスカラカールが最強だったけれど今はもうないし、フィックスマスカラを使えばどのマスカラも落ちなくなるけれど艶が減るのとクレンジングのし難さで、できれば使いたくない。それにポイントクレンジングが必要な物はどうしても睫を傷める気がする。なので普段使いのマスカラにはフィルムタイプを多用。今はビューコスのボリュームとファイバーウィッグの併用が多い。どこかでボリュームとロング効果を兼ね備えた艶もあるフィルムタイプの目の細かいコーム型マスカラが発売されたら乗り換えるだろうなあ。こういうマスカラを望んでいるのは私だけではない筈。Kパレットにボリュームロングのフィルムタイプがあるようだけれど、個人的に余りいいイメージがない。男性からしたらたかが睫な話だろうけれど、コスメ好きの女性にとってはされど睫なのだ。
私は物忘れの激しさと妄想好きが相俟って、買い物リストをほぼ毎日作っている。以前、遺言状に棺に入れて欲しい物リストを書いているときにうちのに、また何か買おうとしてる! と怒られるくらいにしょっちゅうだ。スーパーなどに食料品や日用品を買いに行くときもだし、デパートに行くときも買い物リストを作る。現在財布に入れているリストは今月から来月にかけて欲しい物リストだ。全てコスメ。アナスイの明日で廃盤になるであろう物2種、同じくアナスイで明後日新発売される物、明々後日ランコムから限定発売される物、2月の頭にアユーラから限定発売される物。その他諸々で計10個以上。廃盤と限定が優先なのは当然としても、新製品も気になる。多々ある新製品の中で非常に心惹かれている商品に、舞妓はんのお粉、という物がある。桜の香りがする白系ルースパウダーだ。自分の肌がブルーベースと判明して以来、ずっとカバーマークのブルベ用ルースパウダーを愛用しており、今もまだまだ残っている。でも飽きてきた。舞妓に桜。なんとも心躍るフレーズ。これに恋コスメ紛いのことが書かれていた日には絶対に買うまいと思えるけれど、どこぞの某コスメ・アーティストのセカンド・ブランドのようなキャッチはつけられていない。そのうち利用者にその手のレッテルを貼られる可能性はあるけれど。いい香りなんだろうなあ、崩れにくいんだろうなあ。カバマのルースとブレンドしたら、透明感も出そうだなあ。ブレンドを視野に入れると大きい方を買った方がいいのだろうか、と書いているうちにすっかり買う気になってしまった。いかんいかん。その前にアナスイとランコムとアユーラだ。そしてこの間洗って干していたら小動物に悪戯されてどこかに消え失せたエテュセのパフ。ああ、ボディショップで新しく出たストロベリーのシリーズも気になる。……気合を入れてメイクしようと着飾ろうと、うちのは褒めない性質なのでつまらん。行けども行けども針の山、ならぬ自己満足、か。
BGM/アルバム「頽廃藝術展」
何が、という訳で、なのかと言うと、近所のDSにて今日迄資生堂カウンセリング商品が33%オフだったので、ピエヌのディープラッシュマスカラの17番リピート用と今更ながらに限定にも関わらず賛否両論の所為か在庫があったプリズマライズマスカラを購入してきたのだ。このプリズマライズマスカラ、見た目はラベンダーがかった淡いピンク色。つけるとピンクは消えてグリーン系のラメが光る。見た目もつけた感じも可愛い。今つけているのはテスターであり、まだ買ってきた現品はつけていない。テスターを試し、コイル型コームが2種ついている点が気に入った。つけたときの光り具合も。以前持っていたFSPのマスカラアクロバットよりも偏光具合がよろしい。コームもピエヌの方が使い易い。マスカラアクロバットのはコームの目が粗くいちいち歯間ブラシに取らなければならないのが面倒だったけれど、こちらは細かいコームがついているのだ。以前、マスカラアクロバットのオレンジをつけて出かけた際、うちのに、睫に埃が付いてる、と言われて以来ラメマスカラは使わなくなっていた。プリズマライズマスカラでも同様の指摘を受けそうだが、今度はもう自己満足アイテムと割り切って使う予定。いいんだ、ライヴ用にするから。……しかし果たして次のライヴはいつ行われることやらという不安はあるけれど。ドラマーが脱退してから次の活動予定の発表がないのに、ライヴ用アイテムが今回のマスカラやら先日の袴やらと増えていっている。早くこれらアイテムに日の目を見せたいものである。
ディープラッシュマスカラはリピート用、と書いた。実はマスカラをリピートするのはこれが初めて。大概のマスカラはつけ難さや滲みなどでお蔵入り、気に入る物に出会っても使いきる頃には飽きてしまう。ディープラッシュマスカラも多少滲む。けれど、クラランスのフィックスマスカラに登場願う程ではなく、滲んでも綿棒でちょっと拭えば取れるし、何よりコームが使い易い。昨今、コーム型マスカラは増えてきているけれど私の知る限り、このディープラッシュマスカラのコームが最も目が細かい。丁寧につければ別途コームが不要なので急いでいるときに特に重宝している。これが廃盤になったらどうしようというくらいに頼っている。落ちなさ具合ではFSPのマスカラカールが最強だったけれど今はもうないし、フィックスマスカラを使えばどのマスカラも落ちなくなるけれど艶が減るのとクレンジングのし難さで、できれば使いたくない。それにポイントクレンジングが必要な物はどうしても睫を傷める気がする。なので普段使いのマスカラにはフィルムタイプを多用。今はビューコスのボリュームとファイバーウィッグの併用が多い。どこかでボリュームとロング効果を兼ね備えた艶もあるフィルムタイプの目の細かいコーム型マスカラが発売されたら乗り換えるだろうなあ。こういうマスカラを望んでいるのは私だけではない筈。Kパレットにボリュームロングのフィルムタイプがあるようだけれど、個人的に余りいいイメージがない。男性からしたらたかが睫な話だろうけれど、コスメ好きの女性にとってはされど睫なのだ。
私は物忘れの激しさと妄想好きが相俟って、買い物リストをほぼ毎日作っている。以前、遺言状に棺に入れて欲しい物リストを書いているときにうちのに、また何か買おうとしてる! と怒られるくらいにしょっちゅうだ。スーパーなどに食料品や日用品を買いに行くときもだし、デパートに行くときも買い物リストを作る。現在財布に入れているリストは今月から来月にかけて欲しい物リストだ。全てコスメ。アナスイの明日で廃盤になるであろう物2種、同じくアナスイで明後日新発売される物、明々後日ランコムから限定発売される物、2月の頭にアユーラから限定発売される物。その他諸々で計10個以上。廃盤と限定が優先なのは当然としても、新製品も気になる。多々ある新製品の中で非常に心惹かれている商品に、舞妓はんのお粉、という物がある。桜の香りがする白系ルースパウダーだ。自分の肌がブルーベースと判明して以来、ずっとカバーマークのブルベ用ルースパウダーを愛用しており、今もまだまだ残っている。でも飽きてきた。舞妓に桜。なんとも心躍るフレーズ。これに恋コスメ紛いのことが書かれていた日には絶対に買うまいと思えるけれど、どこぞの某コスメ・アーティストのセカンド・ブランドのようなキャッチはつけられていない。そのうち利用者にその手のレッテルを貼られる可能性はあるけれど。いい香りなんだろうなあ、崩れにくいんだろうなあ。カバマのルースとブレンドしたら、透明感も出そうだなあ。ブレンドを視野に入れると大きい方を買った方がいいのだろうか、と書いているうちにすっかり買う気になってしまった。いかんいかん。その前にアナスイとランコムとアユーラだ。そしてこの間洗って干していたら小動物に悪戯されてどこかに消え失せたエテュセのパフ。ああ、ボディショップで新しく出たストロベリーのシリーズも気になる。……気合を入れてメイクしようと着飾ろうと、うちのは褒めない性質なのでつまらん。行けども行けども針の山、ならぬ自己満足、か。
BGM/アルバム「頽廃藝術展」
正式名称・センタータン
2004年1月17日 メイク・ファッション・ピアス 現在、18日になったばかり。
先日、芥川賞と直木賞が発表された訳だが……。賞の性質が毎年変わってきているようで悲しい。特に芥川賞。作品の質よりも話題性優先。出版不況もココ迄きたか。直木賞。大沢、頑張ったな。というのが正直な感想。大極宮ウハウハ。かつてはライターの上がりは作家と言われたものだが、今はライターの先に作家があり、その作家の上がりはプロデュース業なのかもしれない。宮部・京極のW受賞は昨今のエンタテインメントな文学作品はミステリしかないと印象付けられたような。私はミステリ愛読者だけれども、何だかなあ、と思わせられた。ミステリ以外に娯楽的な文芸が皆無かのような。うちのも私も元々出版業界の人間であり、自然と今回の芥川賞・直木賞について話になった。個人的意見。受賞作は放っておいてもそこそこ売れるだろう。質に関わらず。ならば、敢えて売れ線の作品・作家に与えずとも、もっと地味な作品・作家に与えられた方が業界活性化に繋がるのではなかろうか。特に直木賞のふたりは出せばヒットになる人気作家。今更、箔も要らなかろう。芥川賞に関しては……。作家に必要なものはアイドル性か? どこぞの文学誌の新人賞じゃあるまいし。作品にケチをつけているのではない。選者にケチをつけているのだ。
今回受賞の4作品は全て未読。でも一言言いたい作品がひとつ。作品名は敢えて伏せて、タイトルにピアスがつくアレ。物事について、間違った認識に基づいて書かれた作品に賞を与えるというのは、著者もさることながら選者の質の低さも伺われる。昨今、ピアス熱が高まっている私は、某巨大掲示板某板某スレを隅々迄読んでおり、当然のようにこの作品の話が出てきていた。そして叩かれていた。叩かれている原因は、センタータンへのピアッシングについての著述である。この作品内で行われるセンタータンへのピアッシングでは、ピアッサーを使用しているらしい。SMグッズも置いているピアスショップにて彫り師がピアッサーでピアッシングとは……。どうもピアッサー=ピアッシング施術師という文脈ではないようだ。彫り師がピアスショップにてピアッサーでピアッシングというのは、騎手がカジノにてパドルでチンチロ並みにへんてこだ。またタンなどではなく、舌ピと書かれているとか。買う価値はなさそうなので1度立ち読みでもしてみるか。某スレは正しいピアッシング及びピアスについての知識普及に励んでおり、ピアッサー使用はまず叩きの標的にされる。イヤロブへの使用は推奨こそされないもののセーフの扱い。基本的にピアッシングにはニードル使用が理想とされている。スタジオでのニードル>セルフでのニードル>>ピアッサー>>>(越えられない壁)>>>安全ピンやマチ針。巷で舌ピと呼ばれるセンタータンへのピアッシング、同じく臍ピと呼ばれるネイブルヘのピアッシングは、流行っていることに反してかなり難しい。タンは裏側に太い血管が数本存在しており、それらを避けて真っ直ぐにピアッシングするのは素人には至難の技。ネイブルは排除率の高い箇所であり、カーブドバーベルやリングが基本。簡単に入手できるピアッサーの殆どがストレートのキャッチ式であり、タンやネイブルへのピアッシングには不向き。キャッチ式については洗浄が難しく不潔になり易いことから、ボディピアス愛好家には敬遠されている。洗浄に関しては個々のやり方次第でどうとでも……というのが私の考え方ではあるが、やはりタンやネイブルヘのピアッサー使用は如何なものかと思う。確かに問題なく完治してしまう人もいる。けれど安全性を高めたければ正しいピアッシング方法及びピアスを用いるべきである。で、タイトルにピアスがつくアレ。作者が若いこともあり、読者も若年者が多かろうと予想される。ボディピアスという趣味は、悲しきかな社会では異端であり正しい知識所有者は少ない。作品を読んで、気軽に市販の舌用と謳われたただ長いだけのイヤロブ用と何ら変わりのないピアッサーで空けてしまう人の存在が気になる。読む→恰好いい→セルフで舌ピ。ってのが絶対に出てくる。断言。当然、そんな奴はセンタータンなどと言わず、舌ピ。莫迦。医師法17条の話はさておき、ピアススタジオの存在を知らず病院で空けるなら安心と思っている者も少なくない。セルフよりも病院の方がいいというのには、条件がつく。使い捨てでニードルその他の器具を使っていること。ピアスガンの使い回しをしている病院で空けるくらいなら、セルフでピアッサーを使った方が、まだ衛生面では安心だと私は思っている。
友人が先日病院でピアスを空けてきた。どのように空けたかは聞いていないが、彼女からのメールを読んで病院の質は見当がついた。左右イヤロブにひとつずつピアッシングをした数日後、彼女は右耳にもうひとつピアッシングしに、その病院を訪れた。ファーストピアスを選ぶにあたり、気に入った物がなかったらしく、数日前に空けたときのファーストピアスを使い回したらしい。そしてその数日前に空けたホールには、彼女が持参したピアス。イヤロブへのファーストピアスに多く用いられている物は16〜14G。彼女が持参したピアスは、送ってもらった画像から判断するにファッションピアスであり22〜20Gと思われる。ピアスホールは大きい方が完治が早い。要らぬお世話と解っていつつも、彼女のホールの完成が無事にできるか気になる。
こんなことを書きつつも先日イヤロブにピアスホールを作るにあたり、ピアッサーを使用した私。左イヤロブにつけた金のファーストが気になっている。このファースト、斜めになっているのは自業自得であり、弄らない方がいいと承知しつつも移動を願って真っ直ぐのホールになるといいなと願いつつ裏側から調整を試みたりしているのはともかく、どうもホットソークができないらしい。一昨日、近所の薬局に洗浄用の薬用ハンドソープとホットソーク用の生理食塩水を買いに行った。そのときレジにいたのが顔見知りの薬剤師さんだった為、金とチタンが塩で劣化するかどうかを訊いてみた。傍にいた別の薬剤師さんが答えてくれた。大丈夫ですよ。なら安心……と店を出ようとしたところ、顔見知りの薬剤師さんと答えてくれた薬剤師さんの会話が聞こえてきた。メッキはダメだけどね。レジに戻って再質問。チタンはメッキだろうとなんだろうとOK、金はメッキだと塩で劣化するとのこと。私が先日つけたファーストは安物であるが故、恐らくみっつ全てメッキだと思われる。右のチタンふたつを入れているホールはホットソークできるだろう。左は……。こまめに洗浄をするのは当然として、早々にチタンなりサージカルステンレスなりに交換した方がいいものかどうか悩むところ。Nにでも電話して訊いた方が早そうであるけれど躊躇っている。どうせなら行って左イヤロブにあとふたつ空けてもらって、ついでに相談もしたい。特に空けたいと思っている位置の一箇所が、排除且つ軟骨に掠る危険のある箇所であり、セルフで空けるのは少々不安なのだ。相談するなら早めの方がいいに決まっているけれど、明らかにセルフでピアッサーでというピアスを付けたまま行くのも憚られる。それにどうせなら軟骨部分への相談もしたい。取り敢えず来月末迄は今のホールを育てることに専念するのが賢明か。
先日、芥川賞と直木賞が発表された訳だが……。賞の性質が毎年変わってきているようで悲しい。特に芥川賞。作品の質よりも話題性優先。出版不況もココ迄きたか。直木賞。大沢、頑張ったな。というのが正直な感想。大極宮ウハウハ。かつてはライターの上がりは作家と言われたものだが、今はライターの先に作家があり、その作家の上がりはプロデュース業なのかもしれない。宮部・京極のW受賞は昨今のエンタテインメントな文学作品はミステリしかないと印象付けられたような。私はミステリ愛読者だけれども、何だかなあ、と思わせられた。ミステリ以外に娯楽的な文芸が皆無かのような。うちのも私も元々出版業界の人間であり、自然と今回の芥川賞・直木賞について話になった。個人的意見。受賞作は放っておいてもそこそこ売れるだろう。質に関わらず。ならば、敢えて売れ線の作品・作家に与えずとも、もっと地味な作品・作家に与えられた方が業界活性化に繋がるのではなかろうか。特に直木賞のふたりは出せばヒットになる人気作家。今更、箔も要らなかろう。芥川賞に関しては……。作家に必要なものはアイドル性か? どこぞの文学誌の新人賞じゃあるまいし。作品にケチをつけているのではない。選者にケチをつけているのだ。
今回受賞の4作品は全て未読。でも一言言いたい作品がひとつ。作品名は敢えて伏せて、タイトルにピアスがつくアレ。物事について、間違った認識に基づいて書かれた作品に賞を与えるというのは、著者もさることながら選者の質の低さも伺われる。昨今、ピアス熱が高まっている私は、某巨大掲示板某板某スレを隅々迄読んでおり、当然のようにこの作品の話が出てきていた。そして叩かれていた。叩かれている原因は、センタータンへのピアッシングについての著述である。この作品内で行われるセンタータンへのピアッシングでは、ピアッサーを使用しているらしい。SMグッズも置いているピアスショップにて彫り師がピアッサーでピアッシングとは……。どうもピアッサー=ピアッシング施術師という文脈ではないようだ。彫り師がピアスショップにてピアッサーでピアッシングというのは、騎手がカジノにてパドルでチンチロ並みにへんてこだ。またタンなどではなく、舌ピと書かれているとか。買う価値はなさそうなので1度立ち読みでもしてみるか。某スレは正しいピアッシング及びピアスについての知識普及に励んでおり、ピアッサー使用はまず叩きの標的にされる。イヤロブへの使用は推奨こそされないもののセーフの扱い。基本的にピアッシングにはニードル使用が理想とされている。スタジオでのニードル>セルフでのニードル>>ピアッサー>>>(越えられない壁)>>>安全ピンやマチ針。巷で舌ピと呼ばれるセンタータンへのピアッシング、同じく臍ピと呼ばれるネイブルヘのピアッシングは、流行っていることに反してかなり難しい。タンは裏側に太い血管が数本存在しており、それらを避けて真っ直ぐにピアッシングするのは素人には至難の技。ネイブルは排除率の高い箇所であり、カーブドバーベルやリングが基本。簡単に入手できるピアッサーの殆どがストレートのキャッチ式であり、タンやネイブルへのピアッシングには不向き。キャッチ式については洗浄が難しく不潔になり易いことから、ボディピアス愛好家には敬遠されている。洗浄に関しては個々のやり方次第でどうとでも……というのが私の考え方ではあるが、やはりタンやネイブルヘのピアッサー使用は如何なものかと思う。確かに問題なく完治してしまう人もいる。けれど安全性を高めたければ正しいピアッシング方法及びピアスを用いるべきである。で、タイトルにピアスがつくアレ。作者が若いこともあり、読者も若年者が多かろうと予想される。ボディピアスという趣味は、悲しきかな社会では異端であり正しい知識所有者は少ない。作品を読んで、気軽に市販の舌用と謳われたただ長いだけのイヤロブ用と何ら変わりのないピアッサーで空けてしまう人の存在が気になる。読む→恰好いい→セルフで舌ピ。ってのが絶対に出てくる。断言。当然、そんな奴はセンタータンなどと言わず、舌ピ。莫迦。医師法17条の話はさておき、ピアススタジオの存在を知らず病院で空けるなら安心と思っている者も少なくない。セルフよりも病院の方がいいというのには、条件がつく。使い捨てでニードルその他の器具を使っていること。ピアスガンの使い回しをしている病院で空けるくらいなら、セルフでピアッサーを使った方が、まだ衛生面では安心だと私は思っている。
友人が先日病院でピアスを空けてきた。どのように空けたかは聞いていないが、彼女からのメールを読んで病院の質は見当がついた。左右イヤロブにひとつずつピアッシングをした数日後、彼女は右耳にもうひとつピアッシングしに、その病院を訪れた。ファーストピアスを選ぶにあたり、気に入った物がなかったらしく、数日前に空けたときのファーストピアスを使い回したらしい。そしてその数日前に空けたホールには、彼女が持参したピアス。イヤロブへのファーストピアスに多く用いられている物は16〜14G。彼女が持参したピアスは、送ってもらった画像から判断するにファッションピアスであり22〜20Gと思われる。ピアスホールは大きい方が完治が早い。要らぬお世話と解っていつつも、彼女のホールの完成が無事にできるか気になる。
こんなことを書きつつも先日イヤロブにピアスホールを作るにあたり、ピアッサーを使用した私。左イヤロブにつけた金のファーストが気になっている。このファースト、斜めになっているのは自業自得であり、弄らない方がいいと承知しつつも移動を願って真っ直ぐのホールになるといいなと願いつつ裏側から調整を試みたりしているのはともかく、どうもホットソークができないらしい。一昨日、近所の薬局に洗浄用の薬用ハンドソープとホットソーク用の生理食塩水を買いに行った。そのときレジにいたのが顔見知りの薬剤師さんだった為、金とチタンが塩で劣化するかどうかを訊いてみた。傍にいた別の薬剤師さんが答えてくれた。大丈夫ですよ。なら安心……と店を出ようとしたところ、顔見知りの薬剤師さんと答えてくれた薬剤師さんの会話が聞こえてきた。メッキはダメだけどね。レジに戻って再質問。チタンはメッキだろうとなんだろうとOK、金はメッキだと塩で劣化するとのこと。私が先日つけたファーストは安物であるが故、恐らくみっつ全てメッキだと思われる。右のチタンふたつを入れているホールはホットソークできるだろう。左は……。こまめに洗浄をするのは当然として、早々にチタンなりサージカルステンレスなりに交換した方がいいものかどうか悩むところ。Nにでも電話して訊いた方が早そうであるけれど躊躇っている。どうせなら行って左イヤロブにあとふたつ空けてもらって、ついでに相談もしたい。特に空けたいと思っている位置の一箇所が、排除且つ軟骨に掠る危険のある箇所であり、セルフで空けるのは少々不安なのだ。相談するなら早めの方がいいに決まっているけれど、明らかにセルフでピアッサーでというピアスを付けたまま行くのも憚られる。それにどうせなら軟骨部分への相談もしたい。取り敢えず来月末迄は今のホールを育てることに専念するのが賢明か。
きっかけ→欲求→実行
2004年1月15日 メイク・ファッション・ピアス 現在18日。
去年の後半、私のPCデスクトップには愛しの君の画像を使っていた。これがうちのから悪評紛々。仕方なく今、私のPCデスクトップは玉置勉強のサイトから拾ってきたイラストで飾られている。イラストの詳細。背景は暗い青。右上に英短文。メインは全裸でナニしている女の子。体のあちこちに機械彫りと思われるタトゥとボディピアス。……この絵についての詳細を確認しに玉置サイトに行き、30分程雑記に読み耽ってしまった。やっぱりこの人、面白いなあ。けれどデスクトップにしている画像の詳細は得られず、女の子の下にいる男性については省いて続けて自分で解説。タトゥは柄や大きさが全て違い説明が面倒なので場所のみ。左右二の腕・右鎖骨下・左肋骨部・下腹部・恥丘。ボディピアスは、左イヤロブみっつ(ひとつCBR)、左右ニプルにCBR、センタータンにバーベルひとつ、ネイブルみっつ(上部にリングふたつと下部にサーキュラ・バーベル?)、フッドにバーベルふたつ(ひとつサーキュラ・バーベルかも?)、クリにサーキュラ・バーベルひとつと種類不明の物ひとつ、左右アウターにCBRふたつずつ、フォルシェにCBR。フォルシェを除いては、私の理想に近い感じ。何故いちいちこんな説明をしたのかというと、私のピアス熱に玉置の影響が強いと思われるからだ。
高校時代にイヤロブにひとつずつホールを空けたときは、ピアスにただのファッション的意味合いしか持たせていなかった。あくまでイヤリングの代わり、である。それがどうしてこうもボディピアスに興味を持つに至ったのかを思い出してみた。いつどんなきっかけで知ったのかは記憶に残っていないけれど、玉置の漫画を知るより前にボディピアスに関する興味は見つけられないので、きっと玉置の影響だと思われる。玉置勉強は主に所謂エロ漫画を描く漫画家である。ストーリー性もあり、無駄な巨乳を描かない点も気に入った。玉置の漫画でストーリー性が特筆できる作品は、やはり「恋人プレイ」だろう。現在は廃盤か? この漫画はかなり昔のものであり、玉置の著作はどれも実家に置いてきてしまったのでストーリー詳細は覚えていないけれど、切ない話、という印象は残っている。でまあ、絵柄もストーリーも気に入ったらその作者の作品を読み漁る癖のある私は、当然ながら玉置の作品をいろいろ読み、その中で気になったのが主要登場人物の多くがつけているボディピアスだった。
ピアスといえば耳朶、という固定観念がが覆され、特に見えない・見えにくい場所へのピアスがとても気になり始めた。ピアス熱発症の1回目。そのときはいろいろ想像したりしていただけで、痛みへの恐怖が先に立って現実に空けることはしなかった。その後、スタジオの存在を雑誌か何かで知り調べ、行ってみたことはあるけれど店内をざっと見ただけで黙って帰り、今回発症2回目。その間に多少の知識はつけたけれど、その知識を棚にあげてイヤロブへのピアッシング3箇所。これで気が済むか、と思ったけれどやはりニードルで空けてみたいという気持ちが残り、もっといろいろと調べてみた。奥が深い……。例えばピアッシングという行為を実行するにあたっての考え方ひとつとっても、若気の至りから自傷行為の発展形から性衝動の発散迄多様であり、ほぼ十人十色の気配。また空ける方法・空ける箇所・ケアの方法も同じく。ここ数日で私のピアス知識は数十倍は増えたと思われる。逆を返せば、先日ピアッシングしたときは無知同然。そして調べれば調べる程に欲求が高まる。そして欲求の中身も目まぐるしく変わる。けれど多数のピアッシングを施すにあたり、大切なのは計画性と学んだので慎重に。ホール作製はペットを飼うようなもの、と書いていた人がいた。深く反省。10年前のホール、完成していて扱いがいい加減になっていた。今後はちゃんとケアしよう。肉芽について、金属アレルギーについて、ボディピアスの知識を得るに従って多少詳しくなった。完成したホールでも安心してはいけない。近々、一気に洗浄しよう。私の持っているピアスは煮沸による滅菌はできない素材が多そうなので洗浄。勿論、ホールそのものも洗浄。
新規作成ホールの部位についても変更あり。ニプルとフッドとヘリックスは変わらないけれど、インナー・アウターは要らないと思うようになった。センタータンは匂いが気になり始めたのでもう欲求はなくなった。そしてマディソンとネイプに空けたくなった。マディソンやネイプに空けている人の多くが、これ何? と訊かれるらしい。回答は多種多様。喉から通していると答えている人もいれば、医療器具の一種と答えている人も。こういう嘘をつくのはさぞかし楽しかろう。私ならマディソンとネイプに同時に空けて、前と後ろで通している、と答えて訊いてきた人を痛がらせたい。しかしながら、恐らく私の肉付きではマディソンもネイプも無理。残念。チェストも色っぽいと思うのだけれど、マディソン・ネイプと同じ理由で無理そう。巨乳、いいなあ。いや、巨でなくとも貧でなければ……。リストは小動物に弄られそうで危険だ。そもそもマディソン・リスト・チェスト・リスト全て排除率が高く、それを思うと例え可能であっても二の足を踏んでしまう。で、今非常に興味を持っているのがアームピット。夏にチラッと見えたら可愛かろうなあ、と。アームピットについては触れいてるサイトが少なく排除率の高低は不明。肉付き次第のような気がする。動かすことが多い箇所であり、完成迄の手間や時間が気になるところ。そんなこんなと考えていてもボディピアスに否定的なうちのは快く、いいよ、とは言ってくれない。ここ数日、ずっとピアスの話ばかりしている私に、うちのがボディピアスを空けるにあたっての条件をふたつ出してきた。
・セプタムに空けること
・今以上にホールを増やすならお前が好きなことを好きなようにしていると見做して、俺も好きなことを好きなようにする
セプタムは……と思っていたけれど、つけるピアスの種類によっては外からは殆ど見えないことが判明。思い切るか? それ以前の問題。慢性鼻炎の者がちゃんとセプタムを完成させられるか。難しいだろうなあ。後者の条件は問答無用に恐怖。うちののしそうな、好きなように好きなこと。インドやアムステルダムでならアレだけれども日本ではアレなことでありそうでいやはやソレはもう勘弁願いたい。うちのと一緒にいる限り、物理的に困難そうなマディソンなどは除いても、ニプルやフッドも無理そうである。現実的に考える。左イヤロブにあとふたつ、左右に散らしてへリックス数個とトラガスひとつとスナッグ2〜3個。イヤロブのホールのうちふたつはオータビルに……といったところか。イヤロブふたつはいいバランスを思いついたときに空けるだろう。へリックス・トラガス・スナッグはどうするか。肉芽発生と軟骨部分であることへの恐怖心がまだ強い。恐怖心が欲求に勝ったら空けるだろうな。恐怖心が勝る前にピアス熱が冷めた方が、後々生きていくには不便がなさそうなのは解っている。
BGM/アルバム「見知らぬ世界」
去年の後半、私のPCデスクトップには愛しの君の画像を使っていた。これがうちのから悪評紛々。仕方なく今、私のPCデスクトップは玉置勉強のサイトから拾ってきたイラストで飾られている。イラストの詳細。背景は暗い青。右上に英短文。メインは全裸でナニしている女の子。体のあちこちに機械彫りと思われるタトゥとボディピアス。……この絵についての詳細を確認しに玉置サイトに行き、30分程雑記に読み耽ってしまった。やっぱりこの人、面白いなあ。けれどデスクトップにしている画像の詳細は得られず、女の子の下にいる男性については省いて続けて自分で解説。タトゥは柄や大きさが全て違い説明が面倒なので場所のみ。左右二の腕・右鎖骨下・左肋骨部・下腹部・恥丘。ボディピアスは、左イヤロブみっつ(ひとつCBR)、左右ニプルにCBR、センタータンにバーベルひとつ、ネイブルみっつ(上部にリングふたつと下部にサーキュラ・バーベル?)、フッドにバーベルふたつ(ひとつサーキュラ・バーベルかも?)、クリにサーキュラ・バーベルひとつと種類不明の物ひとつ、左右アウターにCBRふたつずつ、フォルシェにCBR。フォルシェを除いては、私の理想に近い感じ。何故いちいちこんな説明をしたのかというと、私のピアス熱に玉置の影響が強いと思われるからだ。
高校時代にイヤロブにひとつずつホールを空けたときは、ピアスにただのファッション的意味合いしか持たせていなかった。あくまでイヤリングの代わり、である。それがどうしてこうもボディピアスに興味を持つに至ったのかを思い出してみた。いつどんなきっかけで知ったのかは記憶に残っていないけれど、玉置の漫画を知るより前にボディピアスに関する興味は見つけられないので、きっと玉置の影響だと思われる。玉置勉強は主に所謂エロ漫画を描く漫画家である。ストーリー性もあり、無駄な巨乳を描かない点も気に入った。玉置の漫画でストーリー性が特筆できる作品は、やはり「恋人プレイ」だろう。現在は廃盤か? この漫画はかなり昔のものであり、玉置の著作はどれも実家に置いてきてしまったのでストーリー詳細は覚えていないけれど、切ない話、という印象は残っている。でまあ、絵柄もストーリーも気に入ったらその作者の作品を読み漁る癖のある私は、当然ながら玉置の作品をいろいろ読み、その中で気になったのが主要登場人物の多くがつけているボディピアスだった。
ピアスといえば耳朶、という固定観念がが覆され、特に見えない・見えにくい場所へのピアスがとても気になり始めた。ピアス熱発症の1回目。そのときはいろいろ想像したりしていただけで、痛みへの恐怖が先に立って現実に空けることはしなかった。その後、スタジオの存在を雑誌か何かで知り調べ、行ってみたことはあるけれど店内をざっと見ただけで黙って帰り、今回発症2回目。その間に多少の知識はつけたけれど、その知識を棚にあげてイヤロブへのピアッシング3箇所。これで気が済むか、と思ったけれどやはりニードルで空けてみたいという気持ちが残り、もっといろいろと調べてみた。奥が深い……。例えばピアッシングという行為を実行するにあたっての考え方ひとつとっても、若気の至りから自傷行為の発展形から性衝動の発散迄多様であり、ほぼ十人十色の気配。また空ける方法・空ける箇所・ケアの方法も同じく。ここ数日で私のピアス知識は数十倍は増えたと思われる。逆を返せば、先日ピアッシングしたときは無知同然。そして調べれば調べる程に欲求が高まる。そして欲求の中身も目まぐるしく変わる。けれど多数のピアッシングを施すにあたり、大切なのは計画性と学んだので慎重に。ホール作製はペットを飼うようなもの、と書いていた人がいた。深く反省。10年前のホール、完成していて扱いがいい加減になっていた。今後はちゃんとケアしよう。肉芽について、金属アレルギーについて、ボディピアスの知識を得るに従って多少詳しくなった。完成したホールでも安心してはいけない。近々、一気に洗浄しよう。私の持っているピアスは煮沸による滅菌はできない素材が多そうなので洗浄。勿論、ホールそのものも洗浄。
新規作成ホールの部位についても変更あり。ニプルとフッドとヘリックスは変わらないけれど、インナー・アウターは要らないと思うようになった。センタータンは匂いが気になり始めたのでもう欲求はなくなった。そしてマディソンとネイプに空けたくなった。マディソンやネイプに空けている人の多くが、これ何? と訊かれるらしい。回答は多種多様。喉から通していると答えている人もいれば、医療器具の一種と答えている人も。こういう嘘をつくのはさぞかし楽しかろう。私ならマディソンとネイプに同時に空けて、前と後ろで通している、と答えて訊いてきた人を痛がらせたい。しかしながら、恐らく私の肉付きではマディソンもネイプも無理。残念。チェストも色っぽいと思うのだけれど、マディソン・ネイプと同じ理由で無理そう。巨乳、いいなあ。いや、巨でなくとも貧でなければ……。リストは小動物に弄られそうで危険だ。そもそもマディソン・リスト・チェスト・リスト全て排除率が高く、それを思うと例え可能であっても二の足を踏んでしまう。で、今非常に興味を持っているのがアームピット。夏にチラッと見えたら可愛かろうなあ、と。アームピットについては触れいてるサイトが少なく排除率の高低は不明。肉付き次第のような気がする。動かすことが多い箇所であり、完成迄の手間や時間が気になるところ。そんなこんなと考えていてもボディピアスに否定的なうちのは快く、いいよ、とは言ってくれない。ここ数日、ずっとピアスの話ばかりしている私に、うちのがボディピアスを空けるにあたっての条件をふたつ出してきた。
・セプタムに空けること
・今以上にホールを増やすならお前が好きなことを好きなようにしていると見做して、俺も好きなことを好きなようにする
セプタムは……と思っていたけれど、つけるピアスの種類によっては外からは殆ど見えないことが判明。思い切るか? それ以前の問題。慢性鼻炎の者がちゃんとセプタムを完成させられるか。難しいだろうなあ。後者の条件は問答無用に恐怖。うちののしそうな、好きなように好きなこと。インドやアムステルダムでならアレだけれども日本ではアレなことでありそうでいやはやソレはもう勘弁願いたい。うちのと一緒にいる限り、物理的に困難そうなマディソンなどは除いても、ニプルやフッドも無理そうである。現実的に考える。左イヤロブにあとふたつ、左右に散らしてへリックス数個とトラガスひとつとスナッグ2〜3個。イヤロブのホールのうちふたつはオータビルに……といったところか。イヤロブふたつはいいバランスを思いついたときに空けるだろう。へリックス・トラガス・スナッグはどうするか。肉芽発生と軟骨部分であることへの恐怖心がまだ強い。恐怖心が欲求に勝ったら空けるだろうな。恐怖心が勝る前にピアス熱が冷めた方が、後々生きていくには不便がなさそうなのは解っている。
BGM/アルバム「見知らぬ世界」
おまい、無職だろ? と小一時間(以下略
2004年1月13日 メイク・ファッション・ピアス 今日、この日記を見て驚いた。ご丁寧に年始迄遡って誤字脱字しまくりで服装とメイクが書かれていた。記憶なし……。マイスリーの小人サンの仕業に違いない。書く事項が増えて面倒だけれど、これで少しは入浴回数=身綺麗にする為の気配りをする張り合いが出るかも、と続けることにする。昨夜も入浴をした。中1日。私にとっては凄い頑張り具合。入浴したのには理由がある。うちの近所では毎週火曜が不燃ゴミの日。ピアッサーは不燃ゴミ。因って昨夜中に使ってしまいたかったのだ。けったいな完璧主義の私は、可燃でも不燃でも何でもゴミを捨てに行った後に、同種のゴミが家の中にあるのが堪らなく嫌で仕方がない。うっかり居間のゴミ箱の中身を捨て忘れた、空き缶をガスコンロの裏に置きっぱなしにして忘れていたなどという場合、次のゴミの日を待たずにすぐさま捨てに行ったりする。この心境はうちのには未だに解ってもらえない。部屋の散らかりや汚さについてはうちのの方が私の100倍は煩い。けれどちゃんとゴミとして纏まっているならば、ゴミの日に少々出し損ねるくらいは平気らしい。
昨夜はうちのとじんわりした喧嘩。原因。
・うちのの風邪が悪化したのを完全に私が昨日の日中に買い物につき合わせた所為にされたこと
・帰宅後、夕食時以外は私がずっとPCに張り付いて調べ物をしていたこと
前者に関しては非常に遺憾。元々休日に出掛けたがるのはうちのである。余程いい買い物をするとか美味しい物を食べたとかそういうことがない場合、うちのは不機嫌になって帰ってくる。出掛けたがりのクセに暑さ寒さと人込みを嫌うのだ。昨日は私の買い物に付き合ってもらった形ではあるけれど、極力待たせたりしないように頑張った。出掛ける場所の希望は前以って伝えていたし、風邪の悪化を心配するくらい具合が悪ければ出掛けたくないと言えばいいのに。後者に関しては私が9割方悪い。けれど集中し始めると止まらなくなる私の性分はうちのも知っていることであり、近くにきて欲しければ一言声をかけてくれればいいのに。折角の連休だったのにちっとも気遣いがなかった、と迄言われた。……。1日はできなかったけど、他の日はちゃんと昼食・夕食共に簡単だけど作ったし、足腰が痛かったけれど快く出掛けたいという要望にも応えたし、出掛けるにあたって着替えやメイクで待たせもしなかったし、私の買い物はかなり急いだし、何が足りなかったのかさっぱり解らん。何かして欲しいときはちゃんと言葉で伝えることが大切である。阿吽の呼吸なんて幻想。
で、うちのが就寝した後に入浴してスキンケア・ボディケアをして右耳に一気にピアスホールをふたつ空けた。トータル5つのピアス。何処から見ても、おまい無職だろ? 状態。誰かにこう問われたら、仰せの通りでございます、と答えるしかない。本来の目標はトータル7つだったけれど、左に新しく空けたのが相当に斜めになって後ろ側が元々のホールとかなり近くなっており、表から見たら中間地点にもうひとつ空けられそうだけれどキャッチ式ピアスの使用を考えると無理。左右のどちらかの軟骨の真下辺りにいけそうな気配はあるけれど、そこに空けるとなると耳の輪郭ギリギリの位置になり、体が排除の方向に向かいそうで腰が引ける。軟骨は避けたいし、やはり5つで終了か。……耳は。某巨大掲示板某板のピアススレを今読んでいる最中であり、へリックスに空けたい欲求が沸々と沸いてきている。後、ニプルとフッドとラビア。けれどもうちのは耳朶は未だしもボディピに良い感情を持っておらず、むしろ嫌悪感を持っている模様。我慢が賢明か。上記の沸々欲求箇所は排除率も高そうだし。ピアススレを読んで初めて知ったこと。ピアスホール安定迄のオキシドールなどでの周辺殺菌消毒は余り良くないらしい。薬用石鹸や薬用ボディソープを泡立てて空けたピアス付近に数分つけて少しピアスを動かして中まで綺麗にして洗い流すのが良いのだとか。今回はこの方法でやってみよう。しかし時の流れを感じた。私が10年程前に病院で空けたときは、オキシドールでの周辺殺菌消毒を勧められた。ボディピ屋が浸透してきて、より良い方法が日進月歩で模索されているのだろう。因みにこのピアススレでは他者に空けてもらうならボディピ屋、セルフならニードルの使用を推奨されている。ピアッサーが危険なのは昔、このスレがここ迄進む前に読んだときに知った。でもまあ耳朶だし、どうせ自分の体だし気にしない。欲求沸々箇所にもし空けるなら、流石にボディピ屋に行くだろうが。余談。ピアスホール作製は他者の手でもセルフでも、ホールを作製した体に地味に負担がかかるらしく、心身の調子が悪くなる人もいるとか。今のところ、私は風邪気味程度だけれど、悪化に気をつけたい。
今回気をつけようと思っていること。
・本当にホールが安定する迄ファーストを外さない
・外しても暫くは洗浄を続ける
・数ヶ月から1年位はピアスを入れ忘れないようにする
1番目はホールをきちんと完成させる為、2番目は衛生面への配慮、3番目は過去にファーストを外したその夜に入れ忘れて寝てしまい1晩でホールが閉じた苦い経験から。来月末あたり迄は、今回入れたみっつのファーストは外さない予定。私の耳朶は厚いので最低5週間は洗浄やピアスを回したり前後させたりするケアしつつも外さない方がいいのだ。耳朶の薄い人は3〜4週間で安定するらしい。羨ましい限り。セカンドとして入れるピアスはもう決めてある。初めてピアスを空けたときに親は強硬に反対しており、今の父親と親の結婚式にイヤリングは痛いから嫌、だからピアスを空けたい、と説き伏せた。空けるその日迄、親は、わざわざ体に穴を空けるなんて……、と反対していた。その親が私がファーストを外せる日の数日前に、セカンド用のピアスを買ってきてくれたのだ。シルバーとターコイズで作られた、芯が太目のキャッチ式で3つ葉のクローバー型。このピアス、既に一般的な細い芯に馴染んでしまった当時空けたホールには入らない。でもファーストピアスの芯は太い物で、セカンドとしてならこのピアスが使える。取っておいて良かった。親との実質上の絶縁は続いている。親が好きになった、許せるようになったと言えば嘘になる。それでもこのクローバーのピアスは、思い出の品であることに変わりはない。今回空けた3つのホールのうち、どれかひとつはこのピアス専用にしたいと思っている。
BGM/アルバム「二十世紀葬送曲」
昨夜はうちのとじんわりした喧嘩。原因。
・うちのの風邪が悪化したのを完全に私が昨日の日中に買い物につき合わせた所為にされたこと
・帰宅後、夕食時以外は私がずっとPCに張り付いて調べ物をしていたこと
前者に関しては非常に遺憾。元々休日に出掛けたがるのはうちのである。余程いい買い物をするとか美味しい物を食べたとかそういうことがない場合、うちのは不機嫌になって帰ってくる。出掛けたがりのクセに暑さ寒さと人込みを嫌うのだ。昨日は私の買い物に付き合ってもらった形ではあるけれど、極力待たせたりしないように頑張った。出掛ける場所の希望は前以って伝えていたし、風邪の悪化を心配するくらい具合が悪ければ出掛けたくないと言えばいいのに。後者に関しては私が9割方悪い。けれど集中し始めると止まらなくなる私の性分はうちのも知っていることであり、近くにきて欲しければ一言声をかけてくれればいいのに。折角の連休だったのにちっとも気遣いがなかった、と迄言われた。……。1日はできなかったけど、他の日はちゃんと昼食・夕食共に簡単だけど作ったし、足腰が痛かったけれど快く出掛けたいという要望にも応えたし、出掛けるにあたって着替えやメイクで待たせもしなかったし、私の買い物はかなり急いだし、何が足りなかったのかさっぱり解らん。何かして欲しいときはちゃんと言葉で伝えることが大切である。阿吽の呼吸なんて幻想。
で、うちのが就寝した後に入浴してスキンケア・ボディケアをして右耳に一気にピアスホールをふたつ空けた。トータル5つのピアス。何処から見ても、おまい無職だろ? 状態。誰かにこう問われたら、仰せの通りでございます、と答えるしかない。本来の目標はトータル7つだったけれど、左に新しく空けたのが相当に斜めになって後ろ側が元々のホールとかなり近くなっており、表から見たら中間地点にもうひとつ空けられそうだけれどキャッチ式ピアスの使用を考えると無理。左右のどちらかの軟骨の真下辺りにいけそうな気配はあるけれど、そこに空けるとなると耳の輪郭ギリギリの位置になり、体が排除の方向に向かいそうで腰が引ける。軟骨は避けたいし、やはり5つで終了か。……耳は。某巨大掲示板某板のピアススレを今読んでいる最中であり、へリックスに空けたい欲求が沸々と沸いてきている。後、ニプルとフッドとラビア。けれどもうちのは耳朶は未だしもボディピに良い感情を持っておらず、むしろ嫌悪感を持っている模様。我慢が賢明か。上記の沸々欲求箇所は排除率も高そうだし。ピアススレを読んで初めて知ったこと。ピアスホール安定迄のオキシドールなどでの周辺殺菌消毒は余り良くないらしい。薬用石鹸や薬用ボディソープを泡立てて空けたピアス付近に数分つけて少しピアスを動かして中まで綺麗にして洗い流すのが良いのだとか。今回はこの方法でやってみよう。しかし時の流れを感じた。私が10年程前に病院で空けたときは、オキシドールでの周辺殺菌消毒を勧められた。ボディピ屋が浸透してきて、より良い方法が日進月歩で模索されているのだろう。因みにこのピアススレでは他者に空けてもらうならボディピ屋、セルフならニードルの使用を推奨されている。ピアッサーが危険なのは昔、このスレがここ迄進む前に読んだときに知った。でもまあ耳朶だし、どうせ自分の体だし気にしない。欲求沸々箇所にもし空けるなら、流石にボディピ屋に行くだろうが。余談。ピアスホール作製は他者の手でもセルフでも、ホールを作製した体に地味に負担がかかるらしく、心身の調子が悪くなる人もいるとか。今のところ、私は風邪気味程度だけれど、悪化に気をつけたい。
今回気をつけようと思っていること。
・本当にホールが安定する迄ファーストを外さない
・外しても暫くは洗浄を続ける
・数ヶ月から1年位はピアスを入れ忘れないようにする
1番目はホールをきちんと完成させる為、2番目は衛生面への配慮、3番目は過去にファーストを外したその夜に入れ忘れて寝てしまい1晩でホールが閉じた苦い経験から。来月末あたり迄は、今回入れたみっつのファーストは外さない予定。私の耳朶は厚いので最低5週間は洗浄やピアスを回したり前後させたりするケアしつつも外さない方がいいのだ。耳朶の薄い人は3〜4週間で安定するらしい。羨ましい限り。セカンドとして入れるピアスはもう決めてある。初めてピアスを空けたときに親は強硬に反対しており、今の父親と親の結婚式にイヤリングは痛いから嫌、だからピアスを空けたい、と説き伏せた。空けるその日迄、親は、わざわざ体に穴を空けるなんて……、と反対していた。その親が私がファーストを外せる日の数日前に、セカンド用のピアスを買ってきてくれたのだ。シルバーとターコイズで作られた、芯が太目のキャッチ式で3つ葉のクローバー型。このピアス、既に一般的な細い芯に馴染んでしまった当時空けたホールには入らない。でもファーストピアスの芯は太い物で、セカンドとしてならこのピアスが使える。取っておいて良かった。親との実質上の絶縁は続いている。親が好きになった、許せるようになったと言えば嘘になる。それでもこのクローバーのピアスは、思い出の品であることに変わりはない。今回空けた3つのホールのうち、どれかひとつはこのピアス専用にしたいと思っている。
BGM/アルバム「二十世紀葬送曲」
物欲再び
2004年1月12日 メイク・ファッション・ピアス うちには小悪魔が1匹いる。目覚めてそろそろ起きるか、と思った頃にのそのそと布団に潜り込んでくる。小悪魔はぬくぬくしていて、生きる湯たんぽさながらであり、そのぬくぬくに意志の弱いうちのや私は負けて2度寝をしてしまう。今日もそうだった。早めに出かけようと9時に目覚ましをかけていたのに、起きたら昼過ぎという始末。ふたりと小悪魔とで川の字になって寝てしまっていた。起きて顔を洗い、久々にまともにメイクをしてから着替え、うちのを起こした。その後うちのがシャワーを浴びて出かけた時間は14時だ。今日は私の方が積極的に出掛けたがった。目当てはフリーマーケットとブーツである。腹が減ったと文句を言ううちのを余所目に普段の3倍速で出店しているあちこちを覗く。今日の戦利品はピンクのマフラー・黒の羊革ジャケット・紫の豚革スカート・ケイタのパッチワークシャツ・コイガールのパンツ・袴+うちのの普段着3着。計4000円くらい。フリーマーケットではついつい10着15着と買ってしまう私にしては、かなり少ない買い物である。黒の羊革ジャケットは本当はヒップ丈くらいの物が欲しかったけれど、ウエストジャスト丈で妥協。破格だったからだ。羊革ジャケットは軽くて暖かくて大好きな衣類のひとつ。うちのの普段着を買った店はフリーマーケットには珍しく、男物を多く安価で出していた。面白い売り子で、これはどう? と薦めてくる物が悉く変。これなんか友達に焼き捨てろって言われてるんですけど、などと言いつつデニムのチョッキを出してきたりする。ベストではなくチョッキ。絶対に要らない、その辺の神社に奉納したら? などと談笑。その変なお薦め商品のひとつに袴があった。あちらは冗談半分で出してきたであろう袴。キター! 私はここ半年ばかり袴が欲しくて仕方がなかったのだ。新品は当然高く、ネットオークションでは高いか端切れにしか使えないボロしか出ておらず、最近は諦めかけていたところだった。当然ながら普段着ではなく、ライヴ用である。訊けば200円でどうだと言う。買い。じゃあください、と言った私に売り子の方が驚いていた。剣道の練習に使っていた物らしく、手入れ方法を聞き、うちの用の衣類と共に袋に入れてもらい手渡されるときに、頑張ってこれで練習してください! と言われた。何を練習すればいいのだろう……ヘドバン? まずは着付けか。
普段の3倍速で頑張ったにも拘らず、風邪が治りきっていないうちのは、寒い、だるい、腹減った、と文句を言い続け、会場地下の蕎麦屋に入った。うちから会場まで歩き、会場内を一通り歩いて疲れた私はゆっくりしたかった。ので食後、2本の煙草を吸った。うちのはどんなに空いていても飲食店での長居を好まない。2本目の煙草で不機嫌度倍増。まあまあと誤魔化して、小動物の餌を買いにデパートへ行き、同デパートにて念願の茶色いブーツを購入。このブーツ選びは普段の5倍速。とにかく他者に待たされることを嫌ううちのへの気遣いだったのだけれど、それでも遅いと感じたらしい。1足購入したのだから1足処分しろと言われ、この後従う。どれを処分すべきか……やや壊れ気味の非常に足に馴染んだブーツか、履きこんでいないので将来性はまだあるけれど現状では履くと必ず靴擦れを起こすブーツか。今度のゴミの日迄ゆっくり悩もう。今日買ったブーツ。本当は膝下丈の編上げまたはストンとした形の物が欲しかったのだけれど、眼鏡に叶う物は予算オーバーの商品ばかり。因みに予算は1万円。もっとゆっくり探せば見つけられそうだったけれども、うちのの顔を見るたびに表情の曇りが露で、脹脛丈のエンジニアブーツに決定。エンジニア型の物は元々欲しかったし、色味は理想に近いものだったし、試し履きした限りではとても履き易かったしでまあまあ満足。ブーツ購入が済むと春物のパンプスが欲しくなるのが人の常ではあるけれど、去年パンプス類はいろいろ買ったので今年は我慢。
その後うちのが、昔使っていたピーリングソープ=スキンシークレットが欲しいと言い出した。昔とは確か3年位前。このピーリングソープ、私の知る限りでは既に廃盤若しくは輸入禁止になっている代物。病院での販売のみになったんだっけかな? 因ってパチ物を購入。同時にピアッサーもふたつ購入。今夜の入浴後に一気に右耳にふたつホールを作ってしまう予定。今日のフリーマーケットとブーツで去年末に入ったギャラの半分が飛んだ。少し節約をしなければならない。しかし、コスメ業界では春の新色ラッシュが始まる時期に差しかっている。現在の購入予定物はアナスイのアイブロウパウダー・アユーラのニュアンスアップパウダー・同ハッピーカラーズのベース・ランコムのブラッシュフォーカス・シンシアローリーのグロス数本・ポール&ジョーのネイル・エスティーローダーのクリスタルシアーリップスティック。多過ぎる……。アユーラとランコムは限定だから外せない。シンシアローリーは廃盤の噂が立っているので早めに入手しなければならない。エスティは今月行けば何も購入せずともバースデープレゼントをくれるとの葉書がきている。購入せずともとは書かれていても、何も買わないのも気が引け、去年の同時期に購入したシャドウベースはまだまだ残っているので買うとしたらリップスティックくらいしか思いつかない。アナスイとポール&ジョーはかなり肌の色味に合いそうなので早く入手したい。あ、アナスイのフェイスカラースティックとリキッドアイライナーも廃盤間近なのでそれ迄にストックなり手持ちにない色を……。コスメ購入欲が復活の兆しか? 昨今はうちののだけでなく私も引越ししたい欲が出てきている。その為には節約。なのでスティラの限定物は削ったけれど、上記羅列物からまだまだ削る必要がありそうだ。何が要らないのだろう……要らないと言えばどれも生活必需品という訳ではなく、それなら千切りが簡単にできる安いピーラーでも買った方が良いという案も頭に過ぎる。でもピーラーは限定品じゃないんだ! コスメは限定品なんだ! 去年日記に書いたコスメ限定品への考え方の切替を再びしなければならないのか。発売迄にまだ数日はある。ゆっくり考えよう。コスメや衣類は買って使うのではなく、どれを買おうか悩むのが楽しい面もあるのだからじっくりと楽しみたい。
服装/ジャナスタ・オフホワイトカットソー+ローズバッド・生成りのカットソー(肩に水色のうさぎの小さな刺繍ワンポイント)+A.P.C・ストレートデニム+ハラコのミニスカ+INED・ハラコのスニーカー型シューズ+ピンクのモヘアスカーフ(フリマ後にピンクの厚手マフラーに変更)+同モヘアスカーフと同素材のお花のヘアピン+焦げ茶のラムジャケット(フリマ後に黒のラムジャケットに変更)+一点物の青と茶のパッチワークバッグ。髪につけた花飾りが激しく不評。実年齢よりトータルの雰囲気を見て欲しい。
メイク/アナスイ・ファンデーションプライマー→赤味の気になるところとクマにカバマのコンシーラー→カバーマークお粉→イプサ・ハイライト用とシェーディング用フェイスイカラーをアイカラーに→アナスイ・リキッドアイライナー301→ファイバーウィッグ2度塗り→イプサフェイスカラー501でチーク→まつげくるん→ピエヌ。アイブロウスティックGY911→キャンパス薬用リップ・チェリー→ピエヌ・リップスクリアリップ。
普段の3倍速で頑張ったにも拘らず、風邪が治りきっていないうちのは、寒い、だるい、腹減った、と文句を言い続け、会場地下の蕎麦屋に入った。うちから会場まで歩き、会場内を一通り歩いて疲れた私はゆっくりしたかった。ので食後、2本の煙草を吸った。うちのはどんなに空いていても飲食店での長居を好まない。2本目の煙草で不機嫌度倍増。まあまあと誤魔化して、小動物の餌を買いにデパートへ行き、同デパートにて念願の茶色いブーツを購入。このブーツ選びは普段の5倍速。とにかく他者に待たされることを嫌ううちのへの気遣いだったのだけれど、それでも遅いと感じたらしい。1足購入したのだから1足処分しろと言われ、この後従う。どれを処分すべきか……やや壊れ気味の非常に足に馴染んだブーツか、履きこんでいないので将来性はまだあるけれど現状では履くと必ず靴擦れを起こすブーツか。今度のゴミの日迄ゆっくり悩もう。今日買ったブーツ。本当は膝下丈の編上げまたはストンとした形の物が欲しかったのだけれど、眼鏡に叶う物は予算オーバーの商品ばかり。因みに予算は1万円。もっとゆっくり探せば見つけられそうだったけれども、うちのの顔を見るたびに表情の曇りが露で、脹脛丈のエンジニアブーツに決定。エンジニア型の物は元々欲しかったし、色味は理想に近いものだったし、試し履きした限りではとても履き易かったしでまあまあ満足。ブーツ購入が済むと春物のパンプスが欲しくなるのが人の常ではあるけれど、去年パンプス類はいろいろ買ったので今年は我慢。
その後うちのが、昔使っていたピーリングソープ=スキンシークレットが欲しいと言い出した。昔とは確か3年位前。このピーリングソープ、私の知る限りでは既に廃盤若しくは輸入禁止になっている代物。病院での販売のみになったんだっけかな? 因ってパチ物を購入。同時にピアッサーもふたつ購入。今夜の入浴後に一気に右耳にふたつホールを作ってしまう予定。今日のフリーマーケットとブーツで去年末に入ったギャラの半分が飛んだ。少し節約をしなければならない。しかし、コスメ業界では春の新色ラッシュが始まる時期に差しかっている。現在の購入予定物はアナスイのアイブロウパウダー・アユーラのニュアンスアップパウダー・同ハッピーカラーズのベース・ランコムのブラッシュフォーカス・シンシアローリーのグロス数本・ポール&ジョーのネイル・エスティーローダーのクリスタルシアーリップスティック。多過ぎる……。アユーラとランコムは限定だから外せない。シンシアローリーは廃盤の噂が立っているので早めに入手しなければならない。エスティは今月行けば何も購入せずともバースデープレゼントをくれるとの葉書がきている。購入せずともとは書かれていても、何も買わないのも気が引け、去年の同時期に購入したシャドウベースはまだまだ残っているので買うとしたらリップスティックくらいしか思いつかない。アナスイとポール&ジョーはかなり肌の色味に合いそうなので早く入手したい。あ、アナスイのフェイスカラースティックとリキッドアイライナーも廃盤間近なのでそれ迄にストックなり手持ちにない色を……。コスメ購入欲が復活の兆しか? 昨今はうちののだけでなく私も引越ししたい欲が出てきている。その為には節約。なのでスティラの限定物は削ったけれど、上記羅列物からまだまだ削る必要がありそうだ。何が要らないのだろう……要らないと言えばどれも生活必需品という訳ではなく、それなら千切りが簡単にできる安いピーラーでも買った方が良いという案も頭に過ぎる。でもピーラーは限定品じゃないんだ! コスメは限定品なんだ! 去年日記に書いたコスメ限定品への考え方の切替を再びしなければならないのか。発売迄にまだ数日はある。ゆっくり考えよう。コスメや衣類は買って使うのではなく、どれを買おうか悩むのが楽しい面もあるのだからじっくりと楽しみたい。
服装/ジャナスタ・オフホワイトカットソー+ローズバッド・生成りのカットソー(肩に水色のうさぎの小さな刺繍ワンポイント)+A.P.C・ストレートデニム+ハラコのミニスカ+INED・ハラコのスニーカー型シューズ+ピンクのモヘアスカーフ(フリマ後にピンクの厚手マフラーに変更)+同モヘアスカーフと同素材のお花のヘアピン+焦げ茶のラムジャケット(フリマ後に黒のラムジャケットに変更)+一点物の青と茶のパッチワークバッグ。髪につけた花飾りが激しく不評。実年齢よりトータルの雰囲気を見て欲しい。
メイク/アナスイ・ファンデーションプライマー→赤味の気になるところとクマにカバマのコンシーラー→カバーマークお粉→イプサ・ハイライト用とシェーディング用フェイスイカラーをアイカラーに→アナスイ・リキッドアイライナー301→ファイバーウィッグ2度塗り→イプサフェイスカラー501でチーク→まつげくるん→ピエヌ。アイブロウスティックGY911→キャンパス薬用リップ・チェリー→ピエヌ・リップスクリアリップ。
貫通と断念と変更
2004年1月11日 メイク・ファッション・ピアス 友人に触発され、昨夜やっと左耳にピアスホールをひとつ増やした。スッキリ。気分だけでなく、数年前からコスメボックスに眠っていたピアッサーを使って空けた為。やっと微妙な形故に体積の割に幅を利かせていて、ずっと邪魔に感じていたピアッサーが処分できる。空けるときは氷をあてて表面麻酔のように感覚をなくして……と思っていたけれど、面倒なので省いて一気にバチンと。痛みは勿論あったけれど、簡単に空けられた。案ずるより産むが易し。今迄失敗を重ねていたのは、もしかしたら氷での表面麻酔で耳朶が冷えて硬くなっていたのも一因かもしれない。これからは消毒だけして空けようと思った。ということで、早くあとふたつ空けたくて仕方がない。本当はもう4つ空ける予定だったのだが、今朝鏡を見て断念。昨夜空けたホールと昔空けて既に定着しているホールの間にもうひとついける、ように見えたのは表側だけだった。かなり斜めに空けてしまい、裏側のキャッチのことを考えると左耳にこれ以上増やすには、軟骨部分に挑戦しなければならなくなる。チキンな私は軟骨にホールは避けたい。耳朶よりも痛そうだから。特にバランス面に問題がある訳でもなし、本来はトータル7つにしたかったのだけれど、後は右耳にふたつ空けトータル5つで終了に変更。触発してきた友人と私の共通の意見。ピアスを空けるには勢いが大事。今の勢いをなくさぬ内にとっとと空けてしまいたい。近日中にまたピアッサーを買ってこよう。本当は病院かボディピ屋で空けた方が安全なのは承知だが、今回余りに簡単にできたので、貧乏な私は安い方法を選ぶ。
この友人がメールに書いてきたことのひとつに気になることがあった。今回ピアスを空けるにあたり、気分転換と共に自戒の念のようなものがあった、と。激しく同意。気分転換にもなるし、自戒の念も働く。ピアスなどという物は本来なら全く必要のない物であり、なのに痛い思いをして我が身に傷をつける行為に他ならない。自傷の代償行為としてピアスを空けている人もいそうな気がする。去年、私もしょっちゅう自傷したくなっていた時期があり、けれどもその殆どは我慢をした。そのときに無性にピアスを空けたくなった。今回空けたのは自傷の代償行為ではなく、友人からの影響とコスメボックスの整理。しかし空けたタイミングが悪かった。昨夜の眠剤、暫くぶりにアモバンではなくマイスリーを入れた。アモよりもマイの方が効果の現われが遅い。効果待ちの余剰時間に空けたのだ。痛みで眠剤を入れた意味が全くなくなった。もしかしてピアスは小人サンが入れたのか? いや、ちゃんと意識はあったし記憶も残っているから違う筈。
昨夜は入浴もし、ピアスも空け、いい気分転換になったようで起きて一服してから洗濯をし始めた。洗濯終了後、うちのを起こして食事を出した。お手本のような休日。うちのは連休が取れると出掛けたがる。旅行などではなく、その辺でいいらしいのだけれどとにかく、出掛けよう、出掛けたい、と煩い。普段なら、寒いから嫌だ、と断る私だが、今日は出掛けた。1駅隣の以前私が住んでいたところ。うちの近所にはミスタードーナツがなく、しかし今季キャンペーン景品が欲しく、あっちにはミスドがあるから、と出掛け先決定。散歩がてら徒歩で出掛けた。商店街の様子が少し変わっていた。新たにできたらしい店はパチ屋のみ。多くの店がなくなっていた。……ミスドもその一軒。何の為に出掛けたんだか解りゃしない! おまけに以前あったどのメニューを頼んでも胡椒味の定食屋もなくなっており、ラーメン屋になっていた。そこで小腹を満たした。注文は背脂こってりの醤油味。けれど私の手元にきたが最後、どんなラーメンも大蒜胡椒味になる。どのラーメン屋に入っても、私は汁の色が変わる迄に胡椒を入れる。なので味に自信を持ったオヤジの経営しているようなラーメン屋は敬遠する。今はどうなっているか知らないけれど、以前げんこつ屋に行ったときはテーブルに胡椒がなくて非常に損をした気分になった。オヤジがどれ程味に自信があるのかは知らない。単純に私は胡椒が好きなのだ。今日行ったラーメン屋は餃子が美味だった。味付けをしっかりしているので醤油を使わずに食せと言う。……一味足りなく思ったのは醤油禁止令の所為に違いない。味そのものは美味しかったので、今度行く機会があったら、餃子はテイクアウトにしてもらって家で醤油を付けて食べたい。
いろいろな店がなくなっていた中、私の好きなセレクトショップは変わらず残っていた。ちょっといいな、と思った靴を試し履きするも歩きにくくてダメ。ちょっといいな、は多くあれども、これぞ! という服はセールワゴンにあったカットソーのみ。それも今夜の為に断念した。今夜何があったのか。入院騒動で流れてしまった念願の茶色のロングブーツを先日ネットオークションで物色しており、かなりイメージに近い物が見つかったのだ。終了時間間際の延長設定なし。一発勝負!クビ差負け……。延長があれば予算オーバー覚悟で競る気はあった。一発勝負ではそれが不可能。残念無念。明日は近所でフリーマーケットが開催される。そこでいい物に出会えることを期待。出会えなければデパートのセール品から探す予定。衣類等はなるべく買わないという今年の目標も、どうしても欲しい、今の手持ちの物と被らない物に関しては別である。今年に入って購入した服飾関係のものはまだ2品。目標はまあまあ順調に保たれている。一覧に入れていなかった目標の中に、生活費のベースアップ、があった。ここ1週間ずっと夕食を出し続けている。美味いかどうかはともかく、生活費が上がれば毎晩ご飯が出ますよ〜作戦。今夜、連続記録が破れた。夕方食べたラーメンが、そろそろ夕飯を作るかな、と思い始めたときに体内で睡魔に急変し、30分のつもりが3時間寝てしまった。ストーブの近くで寝ていたらしくうちのに、布団に入れ、と言われて目が覚めた。うちのが私に声をかけたのは、布団で寝ないと風邪をひくから、などという気遣いからではなく、夕食が作られないことを悟り自分でカップ麺を作るにあたり、寝ていた私が邪魔だったからだ。一旦布団に入ったものの目が覚めてしまい、おやつを食べて今に至る。今日はアモバンで寝よう。
服装/ジャナスタ・オフホワイトのカットソー+SM2・ターコイズブルーのVネックニット(裾に金の刺繍で豚のワンポイント)+アンティーク一点物のパッチワークスカート+ニコル・ノーカラーのグレーコート+厚手のチャコールグレーロング靴下+ターコイズブルーの海軍物ブーツ。
メイク/アナスイ・ファンテーションプライマー→ビューコスマスカラ→ファイバーウィッグ。近所なので手抜き。
この友人がメールに書いてきたことのひとつに気になることがあった。今回ピアスを空けるにあたり、気分転換と共に自戒の念のようなものがあった、と。激しく同意。気分転換にもなるし、自戒の念も働く。ピアスなどという物は本来なら全く必要のない物であり、なのに痛い思いをして我が身に傷をつける行為に他ならない。自傷の代償行為としてピアスを空けている人もいそうな気がする。去年、私もしょっちゅう自傷したくなっていた時期があり、けれどもその殆どは我慢をした。そのときに無性にピアスを空けたくなった。今回空けたのは自傷の代償行為ではなく、友人からの影響とコスメボックスの整理。しかし空けたタイミングが悪かった。昨夜の眠剤、暫くぶりにアモバンではなくマイスリーを入れた。アモよりもマイの方が効果の現われが遅い。効果待ちの余剰時間に空けたのだ。痛みで眠剤を入れた意味が全くなくなった。もしかしてピアスは小人サンが入れたのか? いや、ちゃんと意識はあったし記憶も残っているから違う筈。
昨夜は入浴もし、ピアスも空け、いい気分転換になったようで起きて一服してから洗濯をし始めた。洗濯終了後、うちのを起こして食事を出した。お手本のような休日。うちのは連休が取れると出掛けたがる。旅行などではなく、その辺でいいらしいのだけれどとにかく、出掛けよう、出掛けたい、と煩い。普段なら、寒いから嫌だ、と断る私だが、今日は出掛けた。1駅隣の以前私が住んでいたところ。うちの近所にはミスタードーナツがなく、しかし今季キャンペーン景品が欲しく、あっちにはミスドがあるから、と出掛け先決定。散歩がてら徒歩で出掛けた。商店街の様子が少し変わっていた。新たにできたらしい店はパチ屋のみ。多くの店がなくなっていた。……ミスドもその一軒。何の為に出掛けたんだか解りゃしない! おまけに以前あったどのメニューを頼んでも胡椒味の定食屋もなくなっており、ラーメン屋になっていた。そこで小腹を満たした。注文は背脂こってりの醤油味。けれど私の手元にきたが最後、どんなラーメンも大蒜胡椒味になる。どのラーメン屋に入っても、私は汁の色が変わる迄に胡椒を入れる。なので味に自信を持ったオヤジの経営しているようなラーメン屋は敬遠する。今はどうなっているか知らないけれど、以前げんこつ屋に行ったときはテーブルに胡椒がなくて非常に損をした気分になった。オヤジがどれ程味に自信があるのかは知らない。単純に私は胡椒が好きなのだ。今日行ったラーメン屋は餃子が美味だった。味付けをしっかりしているので醤油を使わずに食せと言う。……一味足りなく思ったのは醤油禁止令の所為に違いない。味そのものは美味しかったので、今度行く機会があったら、餃子はテイクアウトにしてもらって家で醤油を付けて食べたい。
いろいろな店がなくなっていた中、私の好きなセレクトショップは変わらず残っていた。ちょっといいな、と思った靴を試し履きするも歩きにくくてダメ。ちょっといいな、は多くあれども、これぞ! という服はセールワゴンにあったカットソーのみ。それも今夜の為に断念した。今夜何があったのか。入院騒動で流れてしまった念願の茶色のロングブーツを先日ネットオークションで物色しており、かなりイメージに近い物が見つかったのだ。終了時間間際の延長設定なし。一発勝負!クビ差負け……。延長があれば予算オーバー覚悟で競る気はあった。一発勝負ではそれが不可能。残念無念。明日は近所でフリーマーケットが開催される。そこでいい物に出会えることを期待。出会えなければデパートのセール品から探す予定。衣類等はなるべく買わないという今年の目標も、どうしても欲しい、今の手持ちの物と被らない物に関しては別である。今年に入って購入した服飾関係のものはまだ2品。目標はまあまあ順調に保たれている。一覧に入れていなかった目標の中に、生活費のベースアップ、があった。ここ1週間ずっと夕食を出し続けている。美味いかどうかはともかく、生活費が上がれば毎晩ご飯が出ますよ〜作戦。今夜、連続記録が破れた。夕方食べたラーメンが、そろそろ夕飯を作るかな、と思い始めたときに体内で睡魔に急変し、30分のつもりが3時間寝てしまった。ストーブの近くで寝ていたらしくうちのに、布団に入れ、と言われて目が覚めた。うちのが私に声をかけたのは、布団で寝ないと風邪をひくから、などという気遣いからではなく、夕食が作られないことを悟り自分でカップ麺を作るにあたり、寝ていた私が邪魔だったからだ。一旦布団に入ったものの目が覚めてしまい、おやつを食べて今に至る。今日はアモバンで寝よう。
服装/ジャナスタ・オフホワイトのカットソー+SM2・ターコイズブルーのVネックニット(裾に金の刺繍で豚のワンポイント)+アンティーク一点物のパッチワークスカート+ニコル・ノーカラーのグレーコート+厚手のチャコールグレーロング靴下+ターコイズブルーの海軍物ブーツ。
メイク/アナスイ・ファンテーションプライマー→ビューコスマスカラ→ファイバーウィッグ。近所なので手抜き。
開講日
2003年12月23日 メイク・ファッション・ピアス 現在24日深夜。
昨日は結婚して遠くに引っ越してしまった友人が、帰省のついでに来訪してくれた。メールなどでは頻繁に遣り取りしているが、会うのは久しぶり。思っていたよりも元気そうで何より。これは友人も同じように思ったことだろう。彼女も私も病人でありお互いの心身の不調をよく知っていたので。祭日でうちのは休みだったが、家にいられると只でさえ気ぃ遣いぃの彼女が余計に疲れるだろうと思い、家を空けてもらった。クリスマス・イヴイヴに付きどこに行ってもカップルで一杯だったそうで、一人歩きさせたことを少し申し訳なく思った。多謝。そしてそれを聞き、やはり家を空けてもらって正解だったと思った。彼女も私も病人なので、きっとそんな喧騒の中では草臥れ切ってしまうこと間違いない。元気者は外へ、病人は家で。うちのが出かけたのは、彼女から私の最寄駅到着の電話がかかってきてから。彼女の出迎え兼うちのの見送りで駅迄。ふたりを紹介しあい、彼女を連れて私は帰宅。うちのに会った彼女は、すごく感じいい、お洒落だ、と褒めちぎり。調子に乗るから余り言ってくれるな。
うちに到着したら小動物らがお出迎え。彼女は動物好きなのでそこでまず和んだようだ。アニマル・セラピー。近況報告をしつつ、彼女がうちに来た最大の要件に取り掛かる。その用件とは……メイク・レッスン。彼女からメイクの悩みを聞き、私のスクラップからそれに適した物を紹介。そして彼女のメイク道具や使用アイテムをチェック。いい物を使っているのに道具のお手入れが! まずはビューラーの掃除からさせてしまった。そしてアイテムチェックをしてみたら、ブルーベースには合わない色が幾つもあり、基本色を指南。こまめにメモを取る彼女はかわいかった。それから実践。どこをメイクすればいい? 眉と、目と、チークと……。じゃあフルメイクだ。となり、予定外の基礎からの開講。基礎については、まず彼女自身にさせてみて、至らない点を私が指摘。コスメオタクの私としては、ちょっと衝撃と懐かしさを覚えた彼女の基礎化粧品の扱い方だった。クレンジングのときに擦る擦る。ダメッ! 彼女は敏感肌である。摩擦は肌にとってかなりの刺激だ。押さえて、馴染ませて落とすことを教える。私も昔はごしごし落としていたものだ。そして基礎物をつけてもらう。化粧水、少な過ぎ。美容液・乳液は多過ぎ。化粧水の適量と、美容液・乳液を付け過ぎた際の対処法としての角切りパフでのパッティングを教える。それから下地。彼女の下地は私の下地とは全く違う物で、ちょっと気になってしまった。ティントとして使えそうだったので私も購入したく思った。ティント的下地であり且つ彼女の使用ファンデがブルーベースには余り合わないものだったので、その上に私のお粉をブラシでつけ、それからシャドウ下地。ここは手順が逆になってしまったが、取り敢えずベース終了。凶悪なクマ飼いの私は、コンシーラ不要の彼女の肌が激しく羨ましかった。
メイクは青系の目元が苦手、面長が気になるということで、私の所持アイテムから青系シャドウを選んでもらい、以下の通り。スティラ・ウインターブルースの白を眉下から目の際迄→アイホールにFSP・ノースショアのパウダー→二重幅と下瞼目尻から1/3にFSP・インディゴのパウダー→頬の一番高い部分にオーブのムースチーク・ローズで小さく円を描く→イプサのフェイスカラー502で山本式チークの自己流応用→ブラシに残ったチークを顎先へ→彼女持参のピエヌ新作マスカラで上睫→アユーラの限定マスカラのローズを下睫へ→ケサランパサラン・フェイスカラーの焦げ茶と茶で眉を整える→アユーラのリップライナー・グレーで口角のみを描く→スティラ・バナナダイキリの一番薄い色と中間色を指で混ぜつつ少しだけ取ってノーズシャドウに→イプサのリップカラー・401→上下の唇の中央のみに横長にグロスを乗せる→CゾーンにトリックパーティーのEをうっすら乗せる→終了。悩み解消ポイント。青系苦手の克服としては、色を目立たせるよりも立体感に重きを置いた部分。チップは一切使用せずに全てブラシで色を乗せた。ブラシにパウダーを取ったら必ず一度ティッシュなり手の甲なりではたき、余分なパウダーを落とす。そしてブラシで何度もなぞることでパウダーに含有されたパールを磨いて艶感を出す。チップだとどうしても色ありきになりがちで、薄付きにすることとパール感の際立たせが難しくなるのだ。また二重幅にかなり濃い色をきちんと置くことでアイライン苦手も解消。彼女のメイク道具を見て、1回1回洗う必要のないブラシの方が彼女のメイクには向いているように思った。面長についてはチークの入れ方と眉の長さ。チークをやや上部に横長に入れることと顎先のチーク、眉を本来よりもやや長めに描くこと。チークと眉で横幅を広く見せ、顎先チークで縦幅を誤魔化すことで面長が目立たなくなる。チークの二種使いは立体感を持たせる・化粧持ちを良くさせるという利点がある。上睫については彼女が、うまく使いこなせていない、という持参マスカラを持て余させない為に敢えて使用。ピエヌの新作マスカラはブラシの形が特殊で、睫カールに重点を置いて作られたものだ。そのこととブラシの形状上の利点、そして基礎的なマスカラの付け方として、ブラシを前後に動かすだけでなく左右に動かすことでマスカラ液を睫に絡ませられることを教えた。マスカラが瞼についてしまったときは、日本薬局方のオリブ油を綿棒に含ませて落とすだけで十分。彼女が自分でマスカラを付けたとき、私が下睫にマスカラを乗せる際に汚してしまった部分を綿棒で落とし、アイシャドウの取れてしまったところをアナスイのマーブルシャドウ・青系で誤魔化した。このアイテム、可愛さに負けて購入してメインとしては余り使っていないものだけれども、こういうときには役に立つ助太刀アイテムに近いシャドウである。眉が細すぎることにも自ら苦言を呈しており、簡単に整える為にフェリエを紹介し、ペンシルよりもパウダーで自然な太さにすることを指導。ペンシルは眉の隙間を埋めるものであり、パウダーは眉に影をつけるものだ。影の量が多ければ眉そのものも多くあるように見える。ディグニータの繊維入りアイブロウを勧めておいた。メイクとは、見るものをどれだけ錯覚させられるかの勝負でもあったりする。メイク実践と指導で所用時間は丸々2時間。物凄く楽しかった。私が。自分の知識や技術で人が綺麗になることがまず楽しく、彼女が鏡を見て喜んでくれたのが嬉しく、そして今回は彼女から前以ってメイク講座を希望してくれていた為に遠慮なく指導でき、更に部屋一杯にメイク道具やアイテムを散乱させられたことがもう楽しくて楽しくて。うちのがいるときにあんなに道具やアイテムを広げることはできないから。
その後、私の所有衣類で彼女が着てくれそうな物を持たせて一石二鳥。うちのに帰宅OKコールを入れて、駅の近くでお茶を飲んでいるところに、うちのが現れた。印象を良くするツボを心得たうちのである。これでまたうちのの株が上がるのか。合流して雑談。彼女から学生時代の私のエピソードが幾つか登場。どれも殆ど記憶にない。そして恥ずかしいものばかり……。莫迦は昔から莫迦だったのだなあ、と豆腐の角で頭をぶつけたい気持ちに襲われたりも。失恋した友達をハゲヅラ被って慰めたり、入学直後のミーティングで皆が緊張している中、ひとりスポーツ新聞の競馬欄を読み耽っていたり。彼女にとってはかなり印象深かったらしい。うむ。私だってそんな奴がいきなり現れたら印象に残る……って、どれも私のしたことだ。記憶にないというのが一番恥ずかしい。彼女がクリスマスケーキをお土産に持ってきてくれたことで、うちは1日早くクリスマス。私からうちのへの今年のクリスマスプレゼントは、113ひきのねこのてがみ、というサンタ宛てにねこ…
昨日は結婚して遠くに引っ越してしまった友人が、帰省のついでに来訪してくれた。メールなどでは頻繁に遣り取りしているが、会うのは久しぶり。思っていたよりも元気そうで何より。これは友人も同じように思ったことだろう。彼女も私も病人でありお互いの心身の不調をよく知っていたので。祭日でうちのは休みだったが、家にいられると只でさえ気ぃ遣いぃの彼女が余計に疲れるだろうと思い、家を空けてもらった。クリスマス・イヴイヴに付きどこに行ってもカップルで一杯だったそうで、一人歩きさせたことを少し申し訳なく思った。多謝。そしてそれを聞き、やはり家を空けてもらって正解だったと思った。彼女も私も病人なので、きっとそんな喧騒の中では草臥れ切ってしまうこと間違いない。元気者は外へ、病人は家で。うちのが出かけたのは、彼女から私の最寄駅到着の電話がかかってきてから。彼女の出迎え兼うちのの見送りで駅迄。ふたりを紹介しあい、彼女を連れて私は帰宅。うちのに会った彼女は、すごく感じいい、お洒落だ、と褒めちぎり。調子に乗るから余り言ってくれるな。
うちに到着したら小動物らがお出迎え。彼女は動物好きなのでそこでまず和んだようだ。アニマル・セラピー。近況報告をしつつ、彼女がうちに来た最大の要件に取り掛かる。その用件とは……メイク・レッスン。彼女からメイクの悩みを聞き、私のスクラップからそれに適した物を紹介。そして彼女のメイク道具や使用アイテムをチェック。いい物を使っているのに道具のお手入れが! まずはビューラーの掃除からさせてしまった。そしてアイテムチェックをしてみたら、ブルーベースには合わない色が幾つもあり、基本色を指南。こまめにメモを取る彼女はかわいかった。それから実践。どこをメイクすればいい? 眉と、目と、チークと……。じゃあフルメイクだ。となり、予定外の基礎からの開講。基礎については、まず彼女自身にさせてみて、至らない点を私が指摘。コスメオタクの私としては、ちょっと衝撃と懐かしさを覚えた彼女の基礎化粧品の扱い方だった。クレンジングのときに擦る擦る。ダメッ! 彼女は敏感肌である。摩擦は肌にとってかなりの刺激だ。押さえて、馴染ませて落とすことを教える。私も昔はごしごし落としていたものだ。そして基礎物をつけてもらう。化粧水、少な過ぎ。美容液・乳液は多過ぎ。化粧水の適量と、美容液・乳液を付け過ぎた際の対処法としての角切りパフでのパッティングを教える。それから下地。彼女の下地は私の下地とは全く違う物で、ちょっと気になってしまった。ティントとして使えそうだったので私も購入したく思った。ティント的下地であり且つ彼女の使用ファンデがブルーベースには余り合わないものだったので、その上に私のお粉をブラシでつけ、それからシャドウ下地。ここは手順が逆になってしまったが、取り敢えずベース終了。凶悪なクマ飼いの私は、コンシーラ不要の彼女の肌が激しく羨ましかった。
メイクは青系の目元が苦手、面長が気になるということで、私の所持アイテムから青系シャドウを選んでもらい、以下の通り。スティラ・ウインターブルースの白を眉下から目の際迄→アイホールにFSP・ノースショアのパウダー→二重幅と下瞼目尻から1/3にFSP・インディゴのパウダー→頬の一番高い部分にオーブのムースチーク・ローズで小さく円を描く→イプサのフェイスカラー502で山本式チークの自己流応用→ブラシに残ったチークを顎先へ→彼女持参のピエヌ新作マスカラで上睫→アユーラの限定マスカラのローズを下睫へ→ケサランパサラン・フェイスカラーの焦げ茶と茶で眉を整える→アユーラのリップライナー・グレーで口角のみを描く→スティラ・バナナダイキリの一番薄い色と中間色を指で混ぜつつ少しだけ取ってノーズシャドウに→イプサのリップカラー・401→上下の唇の中央のみに横長にグロスを乗せる→CゾーンにトリックパーティーのEをうっすら乗せる→終了。悩み解消ポイント。青系苦手の克服としては、色を目立たせるよりも立体感に重きを置いた部分。チップは一切使用せずに全てブラシで色を乗せた。ブラシにパウダーを取ったら必ず一度ティッシュなり手の甲なりではたき、余分なパウダーを落とす。そしてブラシで何度もなぞることでパウダーに含有されたパールを磨いて艶感を出す。チップだとどうしても色ありきになりがちで、薄付きにすることとパール感の際立たせが難しくなるのだ。また二重幅にかなり濃い色をきちんと置くことでアイライン苦手も解消。彼女のメイク道具を見て、1回1回洗う必要のないブラシの方が彼女のメイクには向いているように思った。面長についてはチークの入れ方と眉の長さ。チークをやや上部に横長に入れることと顎先のチーク、眉を本来よりもやや長めに描くこと。チークと眉で横幅を広く見せ、顎先チークで縦幅を誤魔化すことで面長が目立たなくなる。チークの二種使いは立体感を持たせる・化粧持ちを良くさせるという利点がある。上睫については彼女が、うまく使いこなせていない、という持参マスカラを持て余させない為に敢えて使用。ピエヌの新作マスカラはブラシの形が特殊で、睫カールに重点を置いて作られたものだ。そのこととブラシの形状上の利点、そして基礎的なマスカラの付け方として、ブラシを前後に動かすだけでなく左右に動かすことでマスカラ液を睫に絡ませられることを教えた。マスカラが瞼についてしまったときは、日本薬局方のオリブ油を綿棒に含ませて落とすだけで十分。彼女が自分でマスカラを付けたとき、私が下睫にマスカラを乗せる際に汚してしまった部分を綿棒で落とし、アイシャドウの取れてしまったところをアナスイのマーブルシャドウ・青系で誤魔化した。このアイテム、可愛さに負けて購入してメインとしては余り使っていないものだけれども、こういうときには役に立つ助太刀アイテムに近いシャドウである。眉が細すぎることにも自ら苦言を呈しており、簡単に整える為にフェリエを紹介し、ペンシルよりもパウダーで自然な太さにすることを指導。ペンシルは眉の隙間を埋めるものであり、パウダーは眉に影をつけるものだ。影の量が多ければ眉そのものも多くあるように見える。ディグニータの繊維入りアイブロウを勧めておいた。メイクとは、見るものをどれだけ錯覚させられるかの勝負でもあったりする。メイク実践と指導で所用時間は丸々2時間。物凄く楽しかった。私が。自分の知識や技術で人が綺麗になることがまず楽しく、彼女が鏡を見て喜んでくれたのが嬉しく、そして今回は彼女から前以ってメイク講座を希望してくれていた為に遠慮なく指導でき、更に部屋一杯にメイク道具やアイテムを散乱させられたことがもう楽しくて楽しくて。うちのがいるときにあんなに道具やアイテムを広げることはできないから。
その後、私の所有衣類で彼女が着てくれそうな物を持たせて一石二鳥。うちのに帰宅OKコールを入れて、駅の近くでお茶を飲んでいるところに、うちのが現れた。印象を良くするツボを心得たうちのである。これでまたうちのの株が上がるのか。合流して雑談。彼女から学生時代の私のエピソードが幾つか登場。どれも殆ど記憶にない。そして恥ずかしいものばかり……。莫迦は昔から莫迦だったのだなあ、と豆腐の角で頭をぶつけたい気持ちに襲われたりも。失恋した友達をハゲヅラ被って慰めたり、入学直後のミーティングで皆が緊張している中、ひとりスポーツ新聞の競馬欄を読み耽っていたり。彼女にとってはかなり印象深かったらしい。うむ。私だってそんな奴がいきなり現れたら印象に残る……って、どれも私のしたことだ。記憶にないというのが一番恥ずかしい。彼女がクリスマスケーキをお土産に持ってきてくれたことで、うちは1日早くクリスマス。私からうちのへの今年のクリスマスプレゼントは、113ひきのねこのてがみ、というサンタ宛てにねこ…
ブスの種類
2003年12月15日 メイク・ファッション・ピアス 世の中には2種類のブスがいる、と描いたのは安彦麻理絵である。1種は、努力すれば可愛くなれるブス。もう1種は、努力しても可愛くなれないブス。激しく同意。衣類・ヘアメイクに無頓着だった頃、私は本当に酷かった。当時の写真は全て焼き捨てたい程である。他者が所持している当時の私の写真も焼き捨てたい。卒業アルバムでも私の写真のあるページはセロテープで封印してある。当時の私の髪質は硬くて太かった。やや癖のある前髪を放置し、眉の辺りで切り揃えた場合は真ん中で分けられ、左右の前髪がそれぞれ外方向に向かう。サイドの髪はいつも耳にかけていた。ここにも少し癖があり、耳にかけた部分が前方に向かって跳ねる。友人には、みうらじゅん扱いされた。花の女子高生がMJ扱いされるとは何とも遺憾な話である。また口髭もふぁっさふぁっさしていた。口元だけでなく、体中の産毛も放置。言わずもがな、眉もぼさぼさ。特に口元にはコンプレックスがあり、従来の歯並びの悪さ、喫煙を覚える前から喫煙者のように黄ばんでいた歯、そして小学生の頃に欠けてしまって不揃いだったやや前方向に向いた前歯。服は制服か今となっては目を背けたくなるような、スーパーの衣料品売り場で売っていたような物。悲惨。むしろ無残。
可愛い若しくは綺麗な女は得だ、と周囲を見て知ってから、自己流故の失敗を経つつだが努力した。ダイエットをし、伸ばしかけがみっともないという考えから脱して髪を梳いたりレイヤーを入れることと、額を出すことへの抵抗をなくした。今は好んで地色にしているが、黒髪への拘りというものは捨てた。この時点で脱MJ。肌の手入れに気を使い、体毛処理もし、自分に合った眉の形を模索し、前歯の治療をし、ファッション及びメイクを研究した。結果、私は前者のブスだったことが判明。可愛い・綺麗と言っても美人とは言えず、10人並みを越えはしない範囲ではあるが、少なくとも容姿に羞恥は覚えないレベルに迄は達した。そしてこのレベルを最低限ラインと考えて維持しつつ、向上や年齢と共に変化する容姿に対応させている。若いときにもっと身形に気を使っていれば……と今でも後悔することがある。後悔は仕方がない。少なくともこの先に同様の後悔をしないように向上心を持ち続けているのだ。身形への気配り開始とは別に、向上心の維持にはきっかけがあった。数年前に遡る。ゴールデン街某呑み屋のママに嫌われた。原因不明。そのことに気を揉んだヒトラー似の某ジャンル大御所が仲良くさせようとしてくれた。そのときにママがヒトラー似に言った言葉。若い娘は嫌い。復讐。若さに対して。ママは若い頃、いろいろと苦労をしたらしい。未だ当時のことから今現在のこと迄思うところが多いのだろう。この段落の冒頭の一文。これには特に若さが物を言ったりする。ママが若さを復讐したい迄に憎んでいる詳細は知らない。生活面・仕事面などいろいろであると思われる。そして容姿も絶対に絡んでいると思うのだ。ママに言われた嫌味を覚えている。男性多数の大人数での呑み会に参加した際、私もいたしママもいた。私が他の人にサワーを作ろうとしても遠慮され、逆に他の人が作ってくれる状態に陥ってしまった。後日。ママは私に、遠慮されても女が作るものよ! と説教してきた。女が作るものかどうかという発想の是非はここで論じないが、他の人に酒を作っていたママ・他の人に酒を作ってもらえた私。若いからってちやほやされやがって、というその場での視線も後日の説教とは別に覚えている。私は若い娘を妬むオバハンにはなりたくない。常にそのときの自分を誇れるオバハンになりたい。若い娘を見て、あんな頃もあったわね〜、と思えるオバハンになりたい。行儀の悪さは別だ。
そんなこんなで努力して10人並みの容姿を得た私が友人と話していて、こんな話になった。街で明らかに自分よりも劣った容姿やセンスの人間を見かけると、何故か目が釘付けになる。先日書いた、差別の話に繋がる。自分よりも劣った容姿の人間を見ると、友人や私は安心感を覚えてしまうのだ。容姿は10人並みでも心はブスである。友人が言った。本当の美人は、他者の容姿などは気にせず夕日を見て綺麗だなあと思ったりするものらしい、と。私は前述安彦の別の漫画から、人はブスを見ると心の中で陵辱してしまうものだという話を読んだことがある、と答えた。友人と私の持ち出した話は別物の例え話である。友人は本物の美人の話、私は努力してどうにか美人になった人間の話をしている。そしてどちらも本当であり、美人かどうかはさておき私も友人も後者寄りであることは確かなのだろう。容姿の美人と性格美人、どちらがいいか? という話がよくある。多くは後者に軍配を上げる。各々により、理由は幾つもあるらしい。美人は3日で飽きるがブスは3日で慣れる、容姿は年齢と共に衰えるが性格は衰えない、など。前者に軍配を上げる者は、性格は変わることもあるが容姿は変わらない、と答えることが多く思う。私の結論。どっちもどっち。理由。性格も容姿も年齢は関係なく、本人の努力で変えられるものだから。因みに自分よりも容姿やセンスの劣った者を心の中で陵辱することを悪いことだとは思っていない。表に出さなければいいのだ。そのうち詳しき書きたいが、私は性悪説を採る人間である。
以上は女性の話であるが、男性はどうなのだろう。除く、芸能人。髪型・髪色と眉の手入れがやっと定着しつつある、といったところだろうか。今は基礎化粧が定着中か? 男性用チークをNARSだかアルマーニだかが発売するという話を少し前にどこかで聞いたが、定着には程遠いと思われる。いろんな意味でモテたい願望が強いことに男女差は関係ないと思う。化粧という武器がない分、男性の方が素の容姿への気遣いが大きいのかな、と昨日感じた。愛しの君の愛煙銘柄はゴールデンバッドの両切りである。歯並びの良さは持って生まれたものかもしれないが、両切り愛煙とは思えない程に歯が白かった。照明効果だけとは思えない。こまめに歯磨きしているのだろうか。元来歯の色が悪く、更にチェーンスモーカになってからは色がもっと悪くなってきている私。脂取りは今まで以上にしようと決意した昨夜であった。20日迄にどこまで綺麗にできるか、自分への勝負! 余談。20日のライヴは或るイベントの中で行われるもので、そのイベントのドレスコードを守ってきた女性のみ入場無料となる。ドレスコードはレオパード・水着・下着。入場してしまってからは着衣してもいいらしいので、取り敢えずは体を張って無料入場を目論んでいる。
BGM/アルバム「見知らぬ世界」
可愛い若しくは綺麗な女は得だ、と周囲を見て知ってから、自己流故の失敗を経つつだが努力した。ダイエットをし、伸ばしかけがみっともないという考えから脱して髪を梳いたりレイヤーを入れることと、額を出すことへの抵抗をなくした。今は好んで地色にしているが、黒髪への拘りというものは捨てた。この時点で脱MJ。肌の手入れに気を使い、体毛処理もし、自分に合った眉の形を模索し、前歯の治療をし、ファッション及びメイクを研究した。結果、私は前者のブスだったことが判明。可愛い・綺麗と言っても美人とは言えず、10人並みを越えはしない範囲ではあるが、少なくとも容姿に羞恥は覚えないレベルに迄は達した。そしてこのレベルを最低限ラインと考えて維持しつつ、向上や年齢と共に変化する容姿に対応させている。若いときにもっと身形に気を使っていれば……と今でも後悔することがある。後悔は仕方がない。少なくともこの先に同様の後悔をしないように向上心を持ち続けているのだ。身形への気配り開始とは別に、向上心の維持にはきっかけがあった。数年前に遡る。ゴールデン街某呑み屋のママに嫌われた。原因不明。そのことに気を揉んだヒトラー似の某ジャンル大御所が仲良くさせようとしてくれた。そのときにママがヒトラー似に言った言葉。若い娘は嫌い。復讐。若さに対して。ママは若い頃、いろいろと苦労をしたらしい。未だ当時のことから今現在のこと迄思うところが多いのだろう。この段落の冒頭の一文。これには特に若さが物を言ったりする。ママが若さを復讐したい迄に憎んでいる詳細は知らない。生活面・仕事面などいろいろであると思われる。そして容姿も絶対に絡んでいると思うのだ。ママに言われた嫌味を覚えている。男性多数の大人数での呑み会に参加した際、私もいたしママもいた。私が他の人にサワーを作ろうとしても遠慮され、逆に他の人が作ってくれる状態に陥ってしまった。後日。ママは私に、遠慮されても女が作るものよ! と説教してきた。女が作るものかどうかという発想の是非はここで論じないが、他の人に酒を作っていたママ・他の人に酒を作ってもらえた私。若いからってちやほやされやがって、というその場での視線も後日の説教とは別に覚えている。私は若い娘を妬むオバハンにはなりたくない。常にそのときの自分を誇れるオバハンになりたい。若い娘を見て、あんな頃もあったわね〜、と思えるオバハンになりたい。行儀の悪さは別だ。
そんなこんなで努力して10人並みの容姿を得た私が友人と話していて、こんな話になった。街で明らかに自分よりも劣った容姿やセンスの人間を見かけると、何故か目が釘付けになる。先日書いた、差別の話に繋がる。自分よりも劣った容姿の人間を見ると、友人や私は安心感を覚えてしまうのだ。容姿は10人並みでも心はブスである。友人が言った。本当の美人は、他者の容姿などは気にせず夕日を見て綺麗だなあと思ったりするものらしい、と。私は前述安彦の別の漫画から、人はブスを見ると心の中で陵辱してしまうものだという話を読んだことがある、と答えた。友人と私の持ち出した話は別物の例え話である。友人は本物の美人の話、私は努力してどうにか美人になった人間の話をしている。そしてどちらも本当であり、美人かどうかはさておき私も友人も後者寄りであることは確かなのだろう。容姿の美人と性格美人、どちらがいいか? という話がよくある。多くは後者に軍配を上げる。各々により、理由は幾つもあるらしい。美人は3日で飽きるがブスは3日で慣れる、容姿は年齢と共に衰えるが性格は衰えない、など。前者に軍配を上げる者は、性格は変わることもあるが容姿は変わらない、と答えることが多く思う。私の結論。どっちもどっち。理由。性格も容姿も年齢は関係なく、本人の努力で変えられるものだから。因みに自分よりも容姿やセンスの劣った者を心の中で陵辱することを悪いことだとは思っていない。表に出さなければいいのだ。そのうち詳しき書きたいが、私は性悪説を採る人間である。
以上は女性の話であるが、男性はどうなのだろう。除く、芸能人。髪型・髪色と眉の手入れがやっと定着しつつある、といったところだろうか。今は基礎化粧が定着中か? 男性用チークをNARSだかアルマーニだかが発売するという話を少し前にどこかで聞いたが、定着には程遠いと思われる。いろんな意味でモテたい願望が強いことに男女差は関係ないと思う。化粧という武器がない分、男性の方が素の容姿への気遣いが大きいのかな、と昨日感じた。愛しの君の愛煙銘柄はゴールデンバッドの両切りである。歯並びの良さは持って生まれたものかもしれないが、両切り愛煙とは思えない程に歯が白かった。照明効果だけとは思えない。こまめに歯磨きしているのだろうか。元来歯の色が悪く、更にチェーンスモーカになってからは色がもっと悪くなってきている私。脂取りは今まで以上にしようと決意した昨夜であった。20日迄にどこまで綺麗にできるか、自分への勝負! 余談。20日のライヴは或るイベントの中で行われるもので、そのイベントのドレスコードを守ってきた女性のみ入場無料となる。ドレスコードはレオパード・水着・下着。入場してしまってからは着衣してもいいらしいので、取り敢えずは体を張って無料入場を目論んでいる。
BGM/アルバム「見知らぬ世界」
さよならの向こう側
2003年12月7日 メイク・ファッション・ピアス 記憶に頼りその後現品チェックをしつつ、所持衣類リストを完成させてみたところ、おかしなことになっていた。あった筈のヴィヴィアンのオレンジ色カットソーがない。オゾンの黄緑色カーディガンがない。いつ捨てたのか記憶にないのだが、なくなっている服の色の傾向からして、自分がブルーベースだと知ったときに処分したのだろう。昨日今日とで、200枚程の服を捨てた。悲しい。悲しい。布地に鋏を入れるとき、我が身を切られるかのように痛かった。さよなら、マント。さよなら、モンペ。心を痛めながら処分し、残った衣類はどうにか収納スペースに納まってはいるものの、未だ無理矢理詰め込んでいる状態である。今月を衣類使い捨て月間とすることで、どうにか出し入れし易くなるくらいまで減らすのが目標である。残った衣類は約350枚。今月中に300枚迄減らしたく思う。今日は本気で、もう暫く服を買わない、と決めた。余り着ていないのに色褪せてしまった服に鋏を入れるとき、物凄くつらかったからだ。こんなにつらい思いをしなければならないならば、もう今ある物がダメになる迄いらない。そう思った。今ある服を丁寧に沢山着よう、と考えてネットオークションのウォッチリストに入れていた物を全て削った。当分は覗かない。予定ではなく、決定である。
予想以上に所持衣類は多かった。今迄は漠然と多いなあ、と思っていただけだったが、実際に数えてみると550枚以上あった訳だ。単純計算で、365日洗濯の必要がない枚数である。ひとり分でこの数字は異常だ。昔自分が立てたスレッドの過去ログを読み返してみた。こんな数字を弾き出していた人はいなかった。そしてリストを作ってみて、世の多くの女性が呟くアレは嘘だ、と心から思った。私もよく言っていた言葉である。季節の変わり目に所持衣類の山を目にしながら、着る服がない。ない訳がない。流行に乗らない性質なので余裕で去年・一昨年の服が着られる。状態さえ良ければもっと前の物だって着られる。リストを作っていて実感した。かつてあれ程好きだったピンクハウスやパウダーの服は1着も残っておらず、定番もどきの服が多くなっていた。ピンクハウスやパウダーは、色柄によってこれはいついつのシリーズと、同趣向者の目には一目瞭然になる。ヒスやオゾンもその傾向はあるが、ピンクハウスなどに比べれば合わせられる服の幅も広く且つそのブランドのマニア的存在以外にも着られている服なので、さほど気にならない。因って着回し易い。ナショナルスタンダードやi.s、A.P.Cなどの無地物ともなると本当に融通が利く。いつだって手元に着る服はあるのだ。
リスト作成のアドバイスをくれた友人に、まだ途中段階ではあったが、できたところ迄の私のリストを送り意見を聞いた。猫とさくらんぼプリントが多いのでは? と言われた。ふむ。ツイードがなんでこんなにあるんだ? とも言われた。ふむ。お説ご尤も。けれどどれも微妙ながらに違うのだ……。頭では解っている。引き篭もり傾向の似非主婦に必要なボトムは、デニムのパンツとスカートがそれぞれ1枚ずつあれば事足りる。極論すれば他は全て、余計、と言えてしまう。ずらーっと並んだリストを見た友人は、まずブランド毎ではなくアイテム毎に並べ替えた方がいいのでは? と言っていた。作り始めが記憶頼りだったので、ブランド毎になってしまった旨を伝え、一通りの書き出しを終えたら色毎・アイテム毎のリストも作る予定だと伝えた。取り敢えず無理矢理ながらも収納できる程度には減らせたので、色毎・アイテム毎のリストは、今回作らないだろう。作らないが、リストを眺めていると所持衣類の偏りが見えてきた。ボルドーとピンクがとても多い。今年意図的に増やしたグレーも目立った。花柄も多数。チェックが思いの他多かったのが意外だった。無地はグレーと同じく今年意図的に増やした分には、それほど色の偏りはなかった。が、グレーにしても無地にしても増やさなくても良かったのではないか? という疑念が湧いた。増やした分、ヴィヴィアンやオゾンの服が消えていたときなどに減らした筈であり、まあ似合わせ難い色が減るのはいいのだが、それを着回す方法を考えた方が金銭的に合理的だったのではないか、と。きっと気のせいだろう。考えると精神衛生上よろしくなさそうなので、気にしない。
今回の衣類整理で学んだこと。鋏を必ず入れるべし。以前もオークション出品用などと謳って衣類を選り分け、出品用の物はデッドスペースに置いていた。これは余り効果がなかった。まず出品するのが面倒である。そして出品して売れた物はいいものの、残った物を1度着てから捨てようと考えていても、着てみるとまた愛着が湧いてしまったり、良い着回し方法が思い浮かんだりして一向に減らない。下手すると、これとこれを重ねて……あれを合わせたら可愛いかも! というような本末転倒な思い付きで、あれ、を買ってしまったりする。もういいや、と思ったら迷わず鋏。切ってしまえば、修繕名人でない私は諦めを付け易くなった。靴も減らす必要があり、よくよく検品してみたところ黴っぽくなっていた革靴や、ボアの禿げが発生していた靴があったので捨てた。30足以上ある靴の中でまだ履いたことがない物は、今月履いてみて歩き難ければ思い切り良く捨ててしまおう。衣類を処分したい者にとって、オークションやフリーマーケットは罠である。出品・出店迄に間が空いてしまうからであり、売れ残ることもあるからであり、上記のようなことになってしまう。思い立ったらすぐに動くべし。鋏を入れるべし。年末になると、今年を漢字一文字で表すと? というような話が出てくる。私にとって今年の一文字は、断。親との絶縁。衣類への思い入れとの決別。全てに決断が付き纏った。何とも嫌な年だった。来年は、祝、縁、慶などの漢字で表現できる年になればいいのだが、年末年始のうちのの実家への帰省が既に厄介事と成り下がっている今、不安は強い。負の力を断つことが今年の締めとなることを祈るばかりだ。
タイトルは愛しの君が或る決断・決別をしたときに詩を書いたと言われる曲から。
予想以上に所持衣類は多かった。今迄は漠然と多いなあ、と思っていただけだったが、実際に数えてみると550枚以上あった訳だ。単純計算で、365日洗濯の必要がない枚数である。ひとり分でこの数字は異常だ。昔自分が立てたスレッドの過去ログを読み返してみた。こんな数字を弾き出していた人はいなかった。そしてリストを作ってみて、世の多くの女性が呟くアレは嘘だ、と心から思った。私もよく言っていた言葉である。季節の変わり目に所持衣類の山を目にしながら、着る服がない。ない訳がない。流行に乗らない性質なので余裕で去年・一昨年の服が着られる。状態さえ良ければもっと前の物だって着られる。リストを作っていて実感した。かつてあれ程好きだったピンクハウスやパウダーの服は1着も残っておらず、定番もどきの服が多くなっていた。ピンクハウスやパウダーは、色柄によってこれはいついつのシリーズと、同趣向者の目には一目瞭然になる。ヒスやオゾンもその傾向はあるが、ピンクハウスなどに比べれば合わせられる服の幅も広く且つそのブランドのマニア的存在以外にも着られている服なので、さほど気にならない。因って着回し易い。ナショナルスタンダードやi.s、A.P.Cなどの無地物ともなると本当に融通が利く。いつだって手元に着る服はあるのだ。
リスト作成のアドバイスをくれた友人に、まだ途中段階ではあったが、できたところ迄の私のリストを送り意見を聞いた。猫とさくらんぼプリントが多いのでは? と言われた。ふむ。ツイードがなんでこんなにあるんだ? とも言われた。ふむ。お説ご尤も。けれどどれも微妙ながらに違うのだ……。頭では解っている。引き篭もり傾向の似非主婦に必要なボトムは、デニムのパンツとスカートがそれぞれ1枚ずつあれば事足りる。極論すれば他は全て、余計、と言えてしまう。ずらーっと並んだリストを見た友人は、まずブランド毎ではなくアイテム毎に並べ替えた方がいいのでは? と言っていた。作り始めが記憶頼りだったので、ブランド毎になってしまった旨を伝え、一通りの書き出しを終えたら色毎・アイテム毎のリストも作る予定だと伝えた。取り敢えず無理矢理ながらも収納できる程度には減らせたので、色毎・アイテム毎のリストは、今回作らないだろう。作らないが、リストを眺めていると所持衣類の偏りが見えてきた。ボルドーとピンクがとても多い。今年意図的に増やしたグレーも目立った。花柄も多数。チェックが思いの他多かったのが意外だった。無地はグレーと同じく今年意図的に増やした分には、それほど色の偏りはなかった。が、グレーにしても無地にしても増やさなくても良かったのではないか? という疑念が湧いた。増やした分、ヴィヴィアンやオゾンの服が消えていたときなどに減らした筈であり、まあ似合わせ難い色が減るのはいいのだが、それを着回す方法を考えた方が金銭的に合理的だったのではないか、と。きっと気のせいだろう。考えると精神衛生上よろしくなさそうなので、気にしない。
今回の衣類整理で学んだこと。鋏を必ず入れるべし。以前もオークション出品用などと謳って衣類を選り分け、出品用の物はデッドスペースに置いていた。これは余り効果がなかった。まず出品するのが面倒である。そして出品して売れた物はいいものの、残った物を1度着てから捨てようと考えていても、着てみるとまた愛着が湧いてしまったり、良い着回し方法が思い浮かんだりして一向に減らない。下手すると、これとこれを重ねて……あれを合わせたら可愛いかも! というような本末転倒な思い付きで、あれ、を買ってしまったりする。もういいや、と思ったら迷わず鋏。切ってしまえば、修繕名人でない私は諦めを付け易くなった。靴も減らす必要があり、よくよく検品してみたところ黴っぽくなっていた革靴や、ボアの禿げが発生していた靴があったので捨てた。30足以上ある靴の中でまだ履いたことがない物は、今月履いてみて歩き難ければ思い切り良く捨ててしまおう。衣類を処分したい者にとって、オークションやフリーマーケットは罠である。出品・出店迄に間が空いてしまうからであり、売れ残ることもあるからであり、上記のようなことになってしまう。思い立ったらすぐに動くべし。鋏を入れるべし。年末になると、今年を漢字一文字で表すと? というような話が出てくる。私にとって今年の一文字は、断。親との絶縁。衣類への思い入れとの決別。全てに決断が付き纏った。何とも嫌な年だった。来年は、祝、縁、慶などの漢字で表現できる年になればいいのだが、年末年始のうちのの実家への帰省が既に厄介事と成り下がっている今、不安は強い。負の力を断つことが今年の締めとなることを祈るばかりだ。
タイトルは愛しの君が或る決断・決別をしたときに詩を書いたと言われる曲から。
でもやるんだよ!
2003年12月6日 メイク・ファッション・ピアス 数学の成績は芳しくなかったが、子供の頃から表作りは好きだった。予定表や買い物リスト、所持品リストなど。リストはともかく、新年の目標同様に、予定表通りに事が進んだ試しはない。けれども久々に今日、今月の予定表を作ってみた。来週は衣類・雑誌等処分週間→再来週はバス・キッチン掃除週間→その翌週は居間・玄関掃除週間。合間にライヴの予定やクリスマスの予定を挟んである。ライヴの翌日は休養日とした。無理がないよう、1日の忙し具合が偏らないよう、ゆるく予定を組んだ……のだが、そもそも1ヶ月でうち中を掃除しようということに無理があるような気配である。普段掃除をしないので、いざしようと思っても何が必要なのかが今ひとつ判らない。なので検索してみたところ、ダスキンのサイトに行き着いた。そこでは場所毎の掃除の仕方・その場所を掃除する為に必要な道具などがとても細かく判り易く解説されており、大変勉強になった。が、掃除ってそんなに大変なのか。窓ひとつ拭くにも、より綺麗にする拭き方があるなんて初めて知った。他所のうちのひとたちは、それら全てを3日くらいでやっつけられるのだろうか。だろうな。大掃除に3週間を要する家の話など聞いたことがないから。予定表は作り終えたが、早速やる気が失せてきた。部屋や体が汚くて死んだ奴の話も聞いたことないし、いいや、もう。というのがダメだ。悪しき完璧主義の兆候。完璧主義克服の為にも今回の予定表は、その日の予定が全て終了しなくとも翌日に持ち越さずに、翌日は翌日として立てた予定に沿って行動しようと思う。物凄く精神的に負担になりそうだ。Aが終わっていないのにBを始めるなんて、本当に私にできるのだろうか。もやもやした気持ちを引き摺ってする掃除は、激しく効率が悪そうである。その日の予定を全てこなせればそれだけ片付いた・綺麗になったということであり、中途半端にしかできなければ完璧主義克服への第1歩として良し。頭では判っているのだが、だが、だがしかし。
なるべく前倒しで予定が進むようにすればいい、と考え、まだ来週になっていないけれども衣類を片付けるべく、先日友人にアドバイスされた記憶の中の衣類リストを作製し始めた。まず思い出すのは高かった物・インパクトの強い物。……このリスト以外の物を捨てるということは、もしかして来年の私は、トップもボトムもインもアウトも柄物、というけったいなひとになりかねない罠。安価な無地の物が殆ど記憶にない。恐怖。柄キチガイになるのは嫌だ。衣装箱を開けて服を確認してしまった。あ、これはまだ着ていない、これもまだ着ていない(以下略。ダメ過ぎる。リスト作成にあたり、判ったこと。私の脳内の衣類収納スペースは、アイテム別ではなくブランド別で構成されていた。因ってどこのブランドかは思い出せないけれどもノーブランドではない衣類という物を書き出すのが困難であり、また思い出せる物が上記の通りということで途中でリスト作りをやめてしまった。月曜から実際に手に取りつつ選別する予定。手に取りつつ選別する為のコツを調べた。某巨大掲示板某板の過去ログから役立ちそうな物を選んで読む。ふむふむ、衣類の洗濯はそうすればより綺麗になるのか。違う。今知りたいのはそれではない。捨てる物と残す物の選び方だ。諦めてYahoo!で検索。役立ちそうなサイトを発見。2〜3年着なかった物は捨てる、というひとが多くいた。自分の衣類を見回す。殆どがここ2年くらいの間に買った物だ。捨てられないではないか。その前に着ていたものはどこに行ったんだろう。謎である。ネットオークションの出品履歴を見た。なくなったと思っていた衣類を出品・取引していたことが判明。もしかして、と思いくまなく出品履歴を確認。今年買って1度しか着ていないx-girlのカットソーはどこに行ったのだろう? 売っていないのになくなっているとは。また気に入らなかった物はなくなってくれても構わない、むしろ記憶にないうちに換金できいてるのは歓迎。しかし換金した訳でもないのに気に入っている物がなくなってしまったのには腹が立つ。自分の管理能力の低さに。
役立ちそうなサイトを見ていたところ、同じように服を捨てられないひとも沢山いた。その中の面白かった意見。自分では捨てられないので家族に捨ててもらう。家族が、夫、子供、になっていたひとたちもいた。やはり捨てられない人間は他者の力を借りた方がいいのか。うちのに頼むか。前々から俺が捨ててやると言っていたし。けれども、うちのに頼むとユニクロと無印良品しか残らなくなりそうだ。うちのに真面目に意見を訊いた。真面目にというのは、普通に訊くとギャルソンやアナスイから捨てていけと言われるからである。で、真面目に訊いたら、ユニクロや無印から捨てていけば? と言われた。貧乏性で元値に拘るならば安価な物から捨てていけということだ。尤もだ。が、ユニクロのフリースがなくなったら私は就寝時に何を着ればいいのか。無印のリブニットがなくなったらモノトーン千鳥格子のノースリーブワンピースのインにできる物がなくなる。そして積み上げられた小さな衣装箱の一番下の段を全て捨てれば、とも言われた。そこには季節外れのパジャマやシビラの水着が収納されている。パジャマは家ではなくても構わないが、もし他所にお泊りに行くことになったときに必要だし、シビラの水着は値が張った。この、もし、や元値に拘るのが良くないと、nonno最新号の片付け特集に書いてあった。そこにあったチャート式のテストをしてみると、案の定私は勿体無い型の片付け下手だった。困った。実に困った。
途中迄作製したリストを眺める。最も多かったブランドはcocueであった。アオザイが5枚以上。黒猫の本籍はベトナムか? というくらいにあった。次点でscolarかi.s。衣類の目立った特長は以前友人に指摘された花柄、そしてフリル物。シンプルな無地の物というのがトップス・ボトムス共に殆どなかった。いかん。このリストの完成は来週月曜の予定。月曜に取り敢えず所持衣類を全て書き出し、それを基に似通ったアイテムを削っていく予定。つもり。予定は未定にして決定に非ず。無印はともかくユニクロは処分。ユニクロの物はフリース類しかない。パジャマ・部屋着ランクアップ作戦。今後はユニクロフリースの代わりに45rpmのネルシャツとパンツ。……そんな贅沢が本当にできるのか? できない。自問自答。でもやるんだよ! と根本敬の描く村田の心意気で来年に挑みたい。年内に身につける普段着は全て捨てる。使い捨て上等。洗濯物も減らせて万々歳! コレを実践するとなると、捨てる物という前提で、年内は着替えなければならない。着替えそのものを放棄してしまいそうだ。そして初夢に勿体無いお化けが出そうな話である。
なるべく前倒しで予定が進むようにすればいい、と考え、まだ来週になっていないけれども衣類を片付けるべく、先日友人にアドバイスされた記憶の中の衣類リストを作製し始めた。まず思い出すのは高かった物・インパクトの強い物。……このリスト以外の物を捨てるということは、もしかして来年の私は、トップもボトムもインもアウトも柄物、というけったいなひとになりかねない罠。安価な無地の物が殆ど記憶にない。恐怖。柄キチガイになるのは嫌だ。衣装箱を開けて服を確認してしまった。あ、これはまだ着ていない、これもまだ着ていない(以下略。ダメ過ぎる。リスト作成にあたり、判ったこと。私の脳内の衣類収納スペースは、アイテム別ではなくブランド別で構成されていた。因ってどこのブランドかは思い出せないけれどもノーブランドではない衣類という物を書き出すのが困難であり、また思い出せる物が上記の通りということで途中でリスト作りをやめてしまった。月曜から実際に手に取りつつ選別する予定。手に取りつつ選別する為のコツを調べた。某巨大掲示板某板の過去ログから役立ちそうな物を選んで読む。ふむふむ、衣類の洗濯はそうすればより綺麗になるのか。違う。今知りたいのはそれではない。捨てる物と残す物の選び方だ。諦めてYahoo!で検索。役立ちそうなサイトを発見。2〜3年着なかった物は捨てる、というひとが多くいた。自分の衣類を見回す。殆どがここ2年くらいの間に買った物だ。捨てられないではないか。その前に着ていたものはどこに行ったんだろう。謎である。ネットオークションの出品履歴を見た。なくなったと思っていた衣類を出品・取引していたことが判明。もしかして、と思いくまなく出品履歴を確認。今年買って1度しか着ていないx-girlのカットソーはどこに行ったのだろう? 売っていないのになくなっているとは。また気に入らなかった物はなくなってくれても構わない、むしろ記憶にないうちに換金できいてるのは歓迎。しかし換金した訳でもないのに気に入っている物がなくなってしまったのには腹が立つ。自分の管理能力の低さに。
役立ちそうなサイトを見ていたところ、同じように服を捨てられないひとも沢山いた。その中の面白かった意見。自分では捨てられないので家族に捨ててもらう。家族が、夫、子供、になっていたひとたちもいた。やはり捨てられない人間は他者の力を借りた方がいいのか。うちのに頼むか。前々から俺が捨ててやると言っていたし。けれども、うちのに頼むとユニクロと無印良品しか残らなくなりそうだ。うちのに真面目に意見を訊いた。真面目にというのは、普通に訊くとギャルソンやアナスイから捨てていけと言われるからである。で、真面目に訊いたら、ユニクロや無印から捨てていけば? と言われた。貧乏性で元値に拘るならば安価な物から捨てていけということだ。尤もだ。が、ユニクロのフリースがなくなったら私は就寝時に何を着ればいいのか。無印のリブニットがなくなったらモノトーン千鳥格子のノースリーブワンピースのインにできる物がなくなる。そして積み上げられた小さな衣装箱の一番下の段を全て捨てれば、とも言われた。そこには季節外れのパジャマやシビラの水着が収納されている。パジャマは家ではなくても構わないが、もし他所にお泊りに行くことになったときに必要だし、シビラの水着は値が張った。この、もし、や元値に拘るのが良くないと、nonno最新号の片付け特集に書いてあった。そこにあったチャート式のテストをしてみると、案の定私は勿体無い型の片付け下手だった。困った。実に困った。
途中迄作製したリストを眺める。最も多かったブランドはcocueであった。アオザイが5枚以上。黒猫の本籍はベトナムか? というくらいにあった。次点でscolarかi.s。衣類の目立った特長は以前友人に指摘された花柄、そしてフリル物。シンプルな無地の物というのがトップス・ボトムス共に殆どなかった。いかん。このリストの完成は来週月曜の予定。月曜に取り敢えず所持衣類を全て書き出し、それを基に似通ったアイテムを削っていく予定。つもり。予定は未定にして決定に非ず。無印はともかくユニクロは処分。ユニクロの物はフリース類しかない。パジャマ・部屋着ランクアップ作戦。今後はユニクロフリースの代わりに45rpmのネルシャツとパンツ。……そんな贅沢が本当にできるのか? できない。自問自答。でもやるんだよ! と根本敬の描く村田の心意気で来年に挑みたい。年内に身につける普段着は全て捨てる。使い捨て上等。洗濯物も減らせて万々歳! コレを実践するとなると、捨てる物という前提で、年内は着替えなければならない。着替えそのものを放棄してしまいそうだ。そして初夢に勿体無いお化けが出そうな話である。
豪気と恩恵
2003年11月30日 メイク・ファッション・ピアス 12月2日記。
先週末からうちのもネットオークションを楽しみ始めた。発端は、そろそろコートを新調したい、と言い出したことだ。うちのがこれ迄着ていたコートはかわいく暖かく丈夫と三拍子揃ったいい物なのだが、私と付き合い始める前から愛用している物であり、相当な年季が入っている。うちのの職場は年俸制であり、ボーナスなる臨時収入的存在はない。年俸÷12で月々にもらえる額が全てであり、因って使い方も慎重になる。ボーナス入ったからでかい買い物しちゃえ! とはならないのだ。そして私は散財大好き人間であり、うちのは財布紐キツキツ人間である。安い物をちびちびと買い集めた末、最終的にはそれなりの額に達してしまう、というのが私の散財パターン。うちのは違う。普段がケチケチなので使うときはどかんと使う。私と付き合い始める前、うちのはそれなりに衣類や服飾小物に気と金を使っていた。それが私という散財大好き人間と付属してきた小動物2匹を飼い始め、格段にランクを下げざるを得なくなった。鞄と靴だけはポーター・カンペールのレベルを保っていたが、服はHRMやBEAMSから無印やユニクロへ、1年前くらいからやっとARROWSへ……。限界に達したらしい。なんで一所懸命に稼ぎ毎年年俸も上げているのに自分の服は殆ど増えず、増えても安価な物ばかりで、なのにこいつの服や小物がやたらと増えているんだ? という感情もあっただろうと予測している。そしてその感情が湧いてくるのは当然だろう。うちのは私同様に新古には余り拘らない。品質と状態とデザインが気に入れば、中古の方がお得な場合も多々ある。近所で月に1度のペースでフリーマーケットが開催される。私がいろいろなところで覗いてきた所見では、どこのフリーマーケットも大差がない。レディース物は安くても品質や状態のいい物がそこそこ充実しており、メンズ物は往々にして高くて質も悪い物が殆どである。また定価並みの値段でのコピー品も横行していたりもする。そしてネットオークションへ。
今迄ずっと我慢を重ねて堤防が崩壊したうちのは以前に懲りた経験を活かしてか、今月の予算は10万! とぶち上げた。予想以上の予算額にやや驚きはしたものの、豪気だねえ、漢だねえ、と私はほくほくした。予算額が高い程、選ぶ幅が広がるのだから当然だろう。うちでは既に、メンズ物をネットオークションで購入する際のシステムが確立されている。まずは私が画像や解説を元に選択し、その商品のURLをうちののPCに送り、その中からうちのが選んで商品毎に予算設定をしてメールを返送し、それを基に私がスナイプする。かなり前に仕事に着て行くシャツと普段着のトップス類を、うちのが欲しがったことがある。そのときは1品1品の予算が低かったのだが、私は特に問題が無いと思っていた。リサーチ不足故の大失敗ではなく、ひとつ賢くなったと思いたい。というのも、レディース物のオークションでは定価の1/10、1/20以下でも質のいい物やそれこそ新品迄出品されている。メンズ物も同じだと考えていたのだ。違った。落札したメンズ物は安価且つ粗悪な物が大半だった。私なら恥ずかしくて出品できないような、型崩れや破れのある物もあった。着用感、という言葉はメンズでは通用しないことを教わった。数点購入し、うちのはオークションでの衣類購入をやめた。懲りたのだ。碌な物が無いな、と。しかし今回コートを目当てに覗いてみたところ、予算を上げればいい物が多かったのだ。
ネットオークションでは、その気になれば1日で100枚単位の衣類を見られる。足で捜し歩こうとしてもなかなかそうはいかない数だ。その利点と同時にリスクも付いてくる。実物が見られないので、以前のようにトンデモな物を買わされる可能性もあるのだ。なので私はオークションで高い買い物はしないし、そもそも自由になる金が少ないので無理なのだが、うちのは踏み切った。土日出勤も多いうちのは、気に入った物を捜し歩く時間が余りない。元々お洒落サンだったので10〜20代のうちに自分の好みや自分に似合う物を知った。お洒落サンではあるが、比較的無難な物を好むタイプである。無難な中にちょっとした拘りがある物が一番好きらしい。また先日からのオークション探索で判ったことがある。ジャストサイズの衣類を好むということだ。私は肩幅・着丈などが自分のサイズよりも小さくなければ着方次第でどうにかなるだろう、という考えの持ち主だが、うちのは違った。余りにも寸法に拘るので私が、デザインによってはルーズな着方でもいいじゃない、と助言したら激しく抵抗された。ファッションへの冒険心が旺盛だった頃に、ルーズフィットの服で失敗したことが何度もあるそうだ。ジャストサイズへの強い拘りは、二方向で良い効果を齎した。ひとつは膨大な数の衣類の中から選択し易くなったこと。もうひとつはルーズフィットを好む私と兼用できそうな物が多くなったこと。私も小柄だが、うちのも男性にしてはやや小柄なのだ。なので私が買ったルーズフィットの衣類をうちのが着ることもある。そしてうちのは渋い物よりもややかわいい物を好むので、私も兼用で着させてもらえそうな物もあり嬉しい。最も大変な第1選択を任されていることと、出品者との遣り取りや振込全てを私がこなしていることの恩恵か。かわいい、面白い、など物事への感想の持ち方が似ているのは、恋人同士や夫婦にとって大切なことのひとつだと思う。先日書いた本棚の話にも繋がる。好みが似ているとはいえ、全く同じではない。そのずれた部分から、お互いの趣味や好みの幅が広がっていくのはいいことだ。
今回の落札品の中、鞄やトップス類の中では私が使えそうな物もある。その中のひとつに、私がどうしても欲しくて即決入札を強力に勧めた物がある。勿論、うちのの好みを知った上で勧め、本人も気に入った上での入札・落札である。うちのの服として購入したからには、その服への主導権はうちのが持つに決まっている。うちのが着たいと言えば、その日に私は着られない。それでも構わない。うちのの職場はスーツ着用の必要は無いものの、平日出勤時は、基本的にジャケット・シャツ・パンツである。即決してもらった物は普段着だ。ということは、自然うちのは土日にしか着られない。平日にのみ受けられる恩恵だが十分だ。こう書いていると平日に着倒す予定のようだが、入浴意欲の薄い私は余り着替えないので問題ない。いや、入浴しない点に問題はあるが。さて、明日は久々にライヴに行く。会ったことのないネット上の友人と共に行くことになっている。今日は絶対に入浴しなければならない。と書いていて思い出した。明日届く予定のゆうパックでの配達物。午前中や昼間は寝ていることも多いので、いつもの癖で時間指定を夜間にしてしまった。失敗。予定が書き込まれたカレンダーを見つつ時間指定することを学習したことにしよう。尤もコート類などの大きく重いものでない限り、私はリスク承知で安価な定形外発送を頼むので、滅多にこんな失敗は無いのだが。
先週末からうちのもネットオークションを楽しみ始めた。発端は、そろそろコートを新調したい、と言い出したことだ。うちのがこれ迄着ていたコートはかわいく暖かく丈夫と三拍子揃ったいい物なのだが、私と付き合い始める前から愛用している物であり、相当な年季が入っている。うちのの職場は年俸制であり、ボーナスなる臨時収入的存在はない。年俸÷12で月々にもらえる額が全てであり、因って使い方も慎重になる。ボーナス入ったからでかい買い物しちゃえ! とはならないのだ。そして私は散財大好き人間であり、うちのは財布紐キツキツ人間である。安い物をちびちびと買い集めた末、最終的にはそれなりの額に達してしまう、というのが私の散財パターン。うちのは違う。普段がケチケチなので使うときはどかんと使う。私と付き合い始める前、うちのはそれなりに衣類や服飾小物に気と金を使っていた。それが私という散財大好き人間と付属してきた小動物2匹を飼い始め、格段にランクを下げざるを得なくなった。鞄と靴だけはポーター・カンペールのレベルを保っていたが、服はHRMやBEAMSから無印やユニクロへ、1年前くらいからやっとARROWSへ……。限界に達したらしい。なんで一所懸命に稼ぎ毎年年俸も上げているのに自分の服は殆ど増えず、増えても安価な物ばかりで、なのにこいつの服や小物がやたらと増えているんだ? という感情もあっただろうと予測している。そしてその感情が湧いてくるのは当然だろう。うちのは私同様に新古には余り拘らない。品質と状態とデザインが気に入れば、中古の方がお得な場合も多々ある。近所で月に1度のペースでフリーマーケットが開催される。私がいろいろなところで覗いてきた所見では、どこのフリーマーケットも大差がない。レディース物は安くても品質や状態のいい物がそこそこ充実しており、メンズ物は往々にして高くて質も悪い物が殆どである。また定価並みの値段でのコピー品も横行していたりもする。そしてネットオークションへ。
今迄ずっと我慢を重ねて堤防が崩壊したうちのは以前に懲りた経験を活かしてか、今月の予算は10万! とぶち上げた。予想以上の予算額にやや驚きはしたものの、豪気だねえ、漢だねえ、と私はほくほくした。予算額が高い程、選ぶ幅が広がるのだから当然だろう。うちでは既に、メンズ物をネットオークションで購入する際のシステムが確立されている。まずは私が画像や解説を元に選択し、その商品のURLをうちののPCに送り、その中からうちのが選んで商品毎に予算設定をしてメールを返送し、それを基に私がスナイプする。かなり前に仕事に着て行くシャツと普段着のトップス類を、うちのが欲しがったことがある。そのときは1品1品の予算が低かったのだが、私は特に問題が無いと思っていた。リサーチ不足故の大失敗ではなく、ひとつ賢くなったと思いたい。というのも、レディース物のオークションでは定価の1/10、1/20以下でも質のいい物やそれこそ新品迄出品されている。メンズ物も同じだと考えていたのだ。違った。落札したメンズ物は安価且つ粗悪な物が大半だった。私なら恥ずかしくて出品できないような、型崩れや破れのある物もあった。着用感、という言葉はメンズでは通用しないことを教わった。数点購入し、うちのはオークションでの衣類購入をやめた。懲りたのだ。碌な物が無いな、と。しかし今回コートを目当てに覗いてみたところ、予算を上げればいい物が多かったのだ。
ネットオークションでは、その気になれば1日で100枚単位の衣類を見られる。足で捜し歩こうとしてもなかなかそうはいかない数だ。その利点と同時にリスクも付いてくる。実物が見られないので、以前のようにトンデモな物を買わされる可能性もあるのだ。なので私はオークションで高い買い物はしないし、そもそも自由になる金が少ないので無理なのだが、うちのは踏み切った。土日出勤も多いうちのは、気に入った物を捜し歩く時間が余りない。元々お洒落サンだったので10〜20代のうちに自分の好みや自分に似合う物を知った。お洒落サンではあるが、比較的無難な物を好むタイプである。無難な中にちょっとした拘りがある物が一番好きらしい。また先日からのオークション探索で判ったことがある。ジャストサイズの衣類を好むということだ。私は肩幅・着丈などが自分のサイズよりも小さくなければ着方次第でどうにかなるだろう、という考えの持ち主だが、うちのは違った。余りにも寸法に拘るので私が、デザインによってはルーズな着方でもいいじゃない、と助言したら激しく抵抗された。ファッションへの冒険心が旺盛だった頃に、ルーズフィットの服で失敗したことが何度もあるそうだ。ジャストサイズへの強い拘りは、二方向で良い効果を齎した。ひとつは膨大な数の衣類の中から選択し易くなったこと。もうひとつはルーズフィットを好む私と兼用できそうな物が多くなったこと。私も小柄だが、うちのも男性にしてはやや小柄なのだ。なので私が買ったルーズフィットの衣類をうちのが着ることもある。そしてうちのは渋い物よりもややかわいい物を好むので、私も兼用で着させてもらえそうな物もあり嬉しい。最も大変な第1選択を任されていることと、出品者との遣り取りや振込全てを私がこなしていることの恩恵か。かわいい、面白い、など物事への感想の持ち方が似ているのは、恋人同士や夫婦にとって大切なことのひとつだと思う。先日書いた本棚の話にも繋がる。好みが似ているとはいえ、全く同じではない。そのずれた部分から、お互いの趣味や好みの幅が広がっていくのはいいことだ。
今回の落札品の中、鞄やトップス類の中では私が使えそうな物もある。その中のひとつに、私がどうしても欲しくて即決入札を強力に勧めた物がある。勿論、うちのの好みを知った上で勧め、本人も気に入った上での入札・落札である。うちのの服として購入したからには、その服への主導権はうちのが持つに決まっている。うちのが着たいと言えば、その日に私は着られない。それでも構わない。うちのの職場はスーツ着用の必要は無いものの、平日出勤時は、基本的にジャケット・シャツ・パンツである。即決してもらった物は普段着だ。ということは、自然うちのは土日にしか着られない。平日にのみ受けられる恩恵だが十分だ。こう書いていると平日に着倒す予定のようだが、入浴意欲の薄い私は余り着替えないので問題ない。いや、入浴しない点に問題はあるが。さて、明日は久々にライヴに行く。会ったことのないネット上の友人と共に行くことになっている。今日は絶対に入浴しなければならない。と書いていて思い出した。明日届く予定のゆうパックでの配達物。午前中や昼間は寝ていることも多いので、いつもの癖で時間指定を夜間にしてしまった。失敗。予定が書き込まれたカレンダーを見つつ時間指定することを学習したことにしよう。尤もコート類などの大きく重いものでない限り、私はリスク承知で安価な定形外発送を頼むので、滅多にこんな失敗は無いのだが。
持ちつ持たれつ
2003年11月8日 メイク・ファッション・ピアス 現在9日早朝。
うちには滅多に人がこない。狭いし汚いし小動物と煙草の混ざった匂いがするしで呼びにくいのだ。また友人たちには家が遠い者が多いというのもある。そんな我が家に珍しく昨日、友人がきてくれた。その友人が奇特な趣味があると言うので、その趣味の実行のためにきたのだ。奇特な趣味とは、とことん汚れた場所を徹底的に綺麗にすることだという。持つべきものは友人である。きてもらい、玄関のドアの内側・ユニットバスのドアの内外・冷蔵庫などの拭き掃除をしてくれた。彼女は拭くことが好きなようだ。拭こうとしている場所に洗剤を拭きかけると、汚れが溶け出す。茶色? 黒? ドドメ色? どう表現すべきだろう……汚い。コレだ。とにかく汚い色となって洗剤が垂れ、それを彼女が拭いていく。一度ではムラになるので何度も拭く。そして激しく綺麗になった。そうか、元はこんな色のドアだったのか、と感心しきりである。彼女が掃除してくれている間、私はぼんやりとしていた。お前も違うところを掃除しろよ! と言う声が聞こえてきそうだが実際には聞こえてこなかったのでしていない。彼女が掃除している姿をくだらない話をしつつ、凄いなあ、偉いなあ、と眺めていた。一昨日辺りから過眠期に突入した気配がありやや眠かったが、流石に友人に掃除をさせておいて自分は寝てしまう訳にはいかないので、頑張って起きていた。彼女は自分の趣味の為にきてくれたのであり、徹底的に全箇所の掃除をする為にきてくれたのではないので、彼女が疲れたら終わりである。それでも十分綺麗になった。本当に有難う。
後はお茶を飲みつつ、雑誌を捲りつつ喋っていた。その中で彼女がピンク系メイクが似合わないというようなことを言った。人は自分が誰かに有難いことをしてもらったら、相手にお礼をしたくなるものだろう。そして私はその点に於いては常識的人間であり、メイクは趣味兼特技である。私のメイクボックス・メイク用品の入ったバニティポーチ・メイクブラシ収納ケースをばーっと広げた時点で眠気はかなり去った。私のシャドウ類を並べ彼女に使ってみたい色を選んでもらった。そのシャドウをメインにメイク開始。一手順ごとに説明をし、鏡で確認してもらいながらの作業。
ファンデはしているというので、マスカラを残して精製水でアイメイクを落とす。それからエスティローダーのシャドウベース→スティラのストロベリーダイキリをアイホールに広げる→マジョリカマジョルカの赤ライナーを目尻寄り1/3に引き微妙に跳ね上げる→ライナーの上と奥二重の範囲にFSPのゴーハッピーを薄めに乗せる→同じくゴーハッピーを下瞼にも薄く入れる。マスカラは元々黒マスカラをしていたので、遊び心として睫の毛先にのみ軽くガリュの偏光パープルマスカラをつける。眉にもニュアンスを付ける為にケサランパサランのボールドーフェイスカラーを乗せ、簡単に落ちないようにアイブロウコートを付ける。チークを入れていないと言うので、ピエヌの真っ赤な水チークを暈し、その上にパラドゥのパール入りの薄ピンクフェイスカラーを重ねる。立体感をつける為にスティラのバナナダイキリの一番淡い色と中間色を指で混ぜてノーズシャドウを入れ、イプサのフェイスカラーでシェーディング。唇や肌が香料で荒れ易いと言うので、パラドゥのラメ入りリップケアグロスを付けて終了。
私は自分が作った彼女の顔の出来栄えに相当な満足感を得られた。彼女は鏡を見つつ、いつもと雰囲気の違う顔になった自分に照れくさそうな表情を浮かべていた。かわいい。輪郭を覆うように髪を下ろしていたので、ピンク系のピン2本で髪を留めてみた。当然そのピンはプレゼントさせてもらった。服も暖色系や大胆な柄物が苦手だと前から言っていたので、私の持っているピンクのパンツを穿かせたり、和柄のピーチピンクのコートを着せてみた。うん、似合う。彼女も満更ではなさそうだった。今回はピンク系の楽しさが解ってもらえたようで、私も嬉しかった。彼女の得意なメイクはグリーン系、衣類はモノトーンである。今度はブルー系メイク、もっと大胆な色使い・柄使いの服の楽しさを知って欲しい。他者からアドバイスや意見をもらうのが好きなのと同様に、私から他者にアドバイスや意見をするのも好きなのだ。その為にはもっといろいろ知識と技術を身に付けなければ、とも思った。
彼女の帰宅後、私はすぐに眠りに落ち深夜に目覚めた。彼女からメールがきていた。彼氏にメイクを見せたところ「血色がよくなった」との意見をもらい、ヘアピンは好評だったらしい。彼女は彼氏に言われたメイクの感想にやや不満を感じたようだ。しかし施した私からすれば褒め言葉である。撮影やパーティではなく普段するピンクメイクの目標は、湯上り美人、なのだ。湯上りということは血色も良くなっている訳なので、彼の意見は的を射ている。前に書いた内面と外見の近付けを試みている友人とは彼女である。昨日の帰り道、早速ピンクシャドウを購入したと書いてあった。彼女の根っこはとても優しい人間である。昨日うちに来てくれたのも趣味である掃除半分、精神的に参っている私への心配半分だっただろうことは想像に難くない。彼女は照れ屋なので心配しているなどとは言わない。けれど態度で判る。私には彼女の気遣いが凄く嬉しかった。今の私には彼女への恩返しはそうそうできそうにない。昨日伝授したピンクメイクで、きつく見えがちな彼女の内面の優しさを他者にも認識してもらえたらと願える程度である。次はブルー系メイクで凛とした彼女の魅力を引き出したい。
今朝から明日か明後日まで帰省の為、日記はお休み。
うちには滅多に人がこない。狭いし汚いし小動物と煙草の混ざった匂いがするしで呼びにくいのだ。また友人たちには家が遠い者が多いというのもある。そんな我が家に珍しく昨日、友人がきてくれた。その友人が奇特な趣味があると言うので、その趣味の実行のためにきたのだ。奇特な趣味とは、とことん汚れた場所を徹底的に綺麗にすることだという。持つべきものは友人である。きてもらい、玄関のドアの内側・ユニットバスのドアの内外・冷蔵庫などの拭き掃除をしてくれた。彼女は拭くことが好きなようだ。拭こうとしている場所に洗剤を拭きかけると、汚れが溶け出す。茶色? 黒? ドドメ色? どう表現すべきだろう……汚い。コレだ。とにかく汚い色となって洗剤が垂れ、それを彼女が拭いていく。一度ではムラになるので何度も拭く。そして激しく綺麗になった。そうか、元はこんな色のドアだったのか、と感心しきりである。彼女が掃除してくれている間、私はぼんやりとしていた。お前も違うところを掃除しろよ! と言う声が聞こえてきそうだが実際には聞こえてこなかったのでしていない。彼女が掃除している姿をくだらない話をしつつ、凄いなあ、偉いなあ、と眺めていた。一昨日辺りから過眠期に突入した気配がありやや眠かったが、流石に友人に掃除をさせておいて自分は寝てしまう訳にはいかないので、頑張って起きていた。彼女は自分の趣味の為にきてくれたのであり、徹底的に全箇所の掃除をする為にきてくれたのではないので、彼女が疲れたら終わりである。それでも十分綺麗になった。本当に有難う。
後はお茶を飲みつつ、雑誌を捲りつつ喋っていた。その中で彼女がピンク系メイクが似合わないというようなことを言った。人は自分が誰かに有難いことをしてもらったら、相手にお礼をしたくなるものだろう。そして私はその点に於いては常識的人間であり、メイクは趣味兼特技である。私のメイクボックス・メイク用品の入ったバニティポーチ・メイクブラシ収納ケースをばーっと広げた時点で眠気はかなり去った。私のシャドウ類を並べ彼女に使ってみたい色を選んでもらった。そのシャドウをメインにメイク開始。一手順ごとに説明をし、鏡で確認してもらいながらの作業。
ファンデはしているというので、マスカラを残して精製水でアイメイクを落とす。それからエスティローダーのシャドウベース→スティラのストロベリーダイキリをアイホールに広げる→マジョリカマジョルカの赤ライナーを目尻寄り1/3に引き微妙に跳ね上げる→ライナーの上と奥二重の範囲にFSPのゴーハッピーを薄めに乗せる→同じくゴーハッピーを下瞼にも薄く入れる。マスカラは元々黒マスカラをしていたので、遊び心として睫の毛先にのみ軽くガリュの偏光パープルマスカラをつける。眉にもニュアンスを付ける為にケサランパサランのボールドーフェイスカラーを乗せ、簡単に落ちないようにアイブロウコートを付ける。チークを入れていないと言うので、ピエヌの真っ赤な水チークを暈し、その上にパラドゥのパール入りの薄ピンクフェイスカラーを重ねる。立体感をつける為にスティラのバナナダイキリの一番淡い色と中間色を指で混ぜてノーズシャドウを入れ、イプサのフェイスカラーでシェーディング。唇や肌が香料で荒れ易いと言うので、パラドゥのラメ入りリップケアグロスを付けて終了。
私は自分が作った彼女の顔の出来栄えに相当な満足感を得られた。彼女は鏡を見つつ、いつもと雰囲気の違う顔になった自分に照れくさそうな表情を浮かべていた。かわいい。輪郭を覆うように髪を下ろしていたので、ピンク系のピン2本で髪を留めてみた。当然そのピンはプレゼントさせてもらった。服も暖色系や大胆な柄物が苦手だと前から言っていたので、私の持っているピンクのパンツを穿かせたり、和柄のピーチピンクのコートを着せてみた。うん、似合う。彼女も満更ではなさそうだった。今回はピンク系の楽しさが解ってもらえたようで、私も嬉しかった。彼女の得意なメイクはグリーン系、衣類はモノトーンである。今度はブルー系メイク、もっと大胆な色使い・柄使いの服の楽しさを知って欲しい。他者からアドバイスや意見をもらうのが好きなのと同様に、私から他者にアドバイスや意見をするのも好きなのだ。その為にはもっといろいろ知識と技術を身に付けなければ、とも思った。
彼女の帰宅後、私はすぐに眠りに落ち深夜に目覚めた。彼女からメールがきていた。彼氏にメイクを見せたところ「血色がよくなった」との意見をもらい、ヘアピンは好評だったらしい。彼女は彼氏に言われたメイクの感想にやや不満を感じたようだ。しかし施した私からすれば褒め言葉である。撮影やパーティではなく普段するピンクメイクの目標は、湯上り美人、なのだ。湯上りということは血色も良くなっている訳なので、彼の意見は的を射ている。前に書いた内面と外見の近付けを試みている友人とは彼女である。昨日の帰り道、早速ピンクシャドウを購入したと書いてあった。彼女の根っこはとても優しい人間である。昨日うちに来てくれたのも趣味である掃除半分、精神的に参っている私への心配半分だっただろうことは想像に難くない。彼女は照れ屋なので心配しているなどとは言わない。けれど態度で判る。私には彼女の気遣いが凄く嬉しかった。今の私には彼女への恩返しはそうそうできそうにない。昨日伝授したピンクメイクで、きつく見えがちな彼女の内面の優しさを他者にも認識してもらえたらと願える程度である。次はブルー系メイクで凛とした彼女の魅力を引き出したい。
今朝から明日か明後日まで帰省の為、日記はお休み。
消耗品か限定品か
2003年11月4日 メイク・ファッション・ピアス 今日は朝から入浴し、垢太郎を作り、布団を干し、洗濯をし、買い物に行き……力尽きて昼寝した。気付いたら19:30。病院、終わってた。貯薬が減ってきているので明日こそ行かねば。垢太郎は嘘である。どれくらい入浴していないかをふたりの友人に話したところ、両者からその単語が出てきたのだ。垢太郎、そんなに有名なのか? せめて三年寝太郎くらいにして欲しいものである。垢太郎は女としていかんだろう! しかしそのいかん状態にしていたのは自分自身なのだから仕方なく、また垢太郎が作れるほどに垢が出なかったことにがっかりなどはしてはならない。断じてがっかりなどしていない。最近の私は本当に酷い状態だったのだ。抑うつ傾向が強まり且つ継続的微熱により常時疲労状態で入浴どころの体調ではなかったのである。入浴しなければ着替えない。敢えて書かないがこの不入浴期の私の恰好は酷い物であった。簡単に例えるなら、新宿西口にいそうな定住所を持たないオバハン。今日は入浴したので清潔だ。そしてまともな恰好をしている。入浴しなくてもネットオークションという便利な物のお陰で出かけずとも買い物ができるため、相変わらず衣類は増殖し続けている。
今日の服装。トップス。インポート物の焦げ茶に赤い三つ釦のヴィンテージ加工ストレッチジャケットのインに、45rpmの茶ベースに青と白のチェックが入ったネルシャツ、更にそのインにローズバッドの緑寄りカーキにピンクの花とドットラメがプリントされたカットソー。ボトムスはスイートキャメルのローライズブラックデニムの上に、スカラーのピンクの前スリット入りストレッチカーゴスカート。そしてレトロな紫レースの靴下にヴィンテージ物の茶色いヒール。帽子はローズバッドのリバーシブル帽のカーキ一色の面を表にして被り、鞄はいつもの一澤帆布の国防色ミニトート。おまけにシルバーのロングピアスまで付けていた。今朝迄の私とは、外の人が替わったかのような恰好である。しかもジャケット・靴下・鞄・ピアスを除けば、全て自分にとっては新品のものばかりであった。自分にとっては、というのは中古品が多いからである。今日、身につけていた物の中に曲者がひとつある。最初に書いたジャケットだ。このジャケットは大変に着易くシルエットも綺麗で、この秋とても重宝している。他者にも何度かお褒めいただいたことがある逸品である。けれど、このジャケットの入手方法は決して大声では言えないのだ。何故なら……ゴミ捨て場に捨ててあった物だから。
1ヶ月程前だっただろうか。朝、ゴミを捨てに行った。ゴミを置こうとして目に入ったのがビームスの紙袋である。ゴミ袋に入れられておらず、その紙袋の取っ手部分だけが縛られており、中が丸見えの状態だった。中身は全て布類であり、私がゴミを捨てる際にするような拾われ防止策の煙草の吸殻まぶしなどはされていなかった。好奇心とは暴走し易いものである。ゴミを捨てに行ったのが8時頃。通勤通学の為に駅へと足を進める一般の方々の白い目など気にもせずに無心に漁った。するとお宝がどっさりと入っていたのだ。上記ジャケットを始め、インポート物・ブランド物のコート・ジャケット・スカートなど……お持ち帰り決定である。厳密に言えば私のした行為は違法だが気にしない。目の前のゴミの山にお宝があれば拾いたくなるのが人情だろう。私は法に縛られた機械的な人間ではなく人情に厚い人間なのだ、と言い訳させて貰う。人情という言葉の使い方が間違っているのも気にしない。前にちらっと所有衣類を減らしたいが難航しているという話を書いたと思う。このゴミの捨て主はきっと衣類を無駄に溜め込むことのない人なのだろう。尊敬する。拾ってきた中には確かに破れてもう着られないものもあった。それでも大半は新品同然なのだ。流行遅れになった物という訳でもない。むしろ今着ないでどうする? というような物も多かったし、ヴィンテージ物などは流行に囚われることも余りない。素材・縫製・ブランドタグのどれを見ても箆棒に高くはなさそうではあるが、そこそこの値はした筈の物ばかりだった。そのゴミ袋の中にツモリやズッカの新品タグが切って入れられていたので、恐らくは新しい服を購入したので前から持っていた物を捨てたのであろう。収納の達人の技を実践できている人のようだ。反面、私は服を減らしたいという野望を抱きつつもゴミ捨て場から服を拾ってきてしまう人間である。この違いは何なのだろう。
私が衣類を捨てる場合の多くは、大きなシミを作ってしまったときや自分では補修できない破れを作ってしまったときである。まず釦を全部切り取る。他の服の釦がなくなったときの交換用にする為だ。それからどこかしらに鋏でざっくりと切込みを入れる。私のような不届き者に拾われて再利用されたら悔しいからである。下着類の処分は必ず生ゴミと一緒の袋に入れる。最後に灰皿に山と溜まった吸殻を全体にまぶしてから捨てに行く。究極の貧乏根性である。自分が要らなくて捨てた物、下着類は別としても服などは再利用されたって構わないではないか、と思わなくもない。しかしどこかに再利用される悔しさを感じてしまう。尤もシミや破れがあるのが大前提なのだから再利用のしようもないとは思うのだが、それでも拾った主がシミ抜き名人だったら、補修名人だったら、と思うとどうにも悔しい。私もシミ抜き名人や補修名人になりたいと切に思う。ここ迄書いて気が付いた。お宝を捨てた主と私との一番の違いは、服への思い入れではないだろうか? 私は自分の所有している衣類の殆どが値段に関係なく好きであり、とても愛着がある。捨てた主は服への思い入れが少ないのではないだろうか。世の中には、衣類とは着飾って傷んできたら捨てる消耗品、と考えられる人もいるらしい。服の代金はその着飾ったときの楽しい気分の代金である、という考え方である。ライヴ料金のような考え方だ。理解も納得もできる。けれど実践はできない。消耗品と考えるには価格が高いのが一番の理由であるが、以前も書いたように衣類は定番商品を除いて、そのシーズン限りの限定品なのである。一度手放したら最後、なかなか再会できることはない。そう思ってしまうともう簡単には手放せなくなってしまうのだ。
一般論。ふたりの子供を持つ親がいる。3人でも4人でもいいが計算を簡単にするためにふたりとする。愛情はひとりに50%、ひとりに50%ではなく、ふたりともに100%の愛情を注ぐものらしい。私の衣類はどんどんぐんぐんばんばんじゃんじゃん増殖している。それら全てに100%の愛着がある……とは言えないが、どれもに80%程度の愛着があるのだ。これがあるからこっちはいらないとは決してならず、これとこれは似ているけれどここが微妙に違っていて両方のその微妙な違いが好き、となる。私はいい親になれそうだ。と、綺麗なオチをつけたいところだが私は生涯子供を持つ気がないので、永遠に服屋や出品者のいいカモであり続けるのだろう。
今日の服装。トップス。インポート物の焦げ茶に赤い三つ釦のヴィンテージ加工ストレッチジャケットのインに、45rpmの茶ベースに青と白のチェックが入ったネルシャツ、更にそのインにローズバッドの緑寄りカーキにピンクの花とドットラメがプリントされたカットソー。ボトムスはスイートキャメルのローライズブラックデニムの上に、スカラーのピンクの前スリット入りストレッチカーゴスカート。そしてレトロな紫レースの靴下にヴィンテージ物の茶色いヒール。帽子はローズバッドのリバーシブル帽のカーキ一色の面を表にして被り、鞄はいつもの一澤帆布の国防色ミニトート。おまけにシルバーのロングピアスまで付けていた。今朝迄の私とは、外の人が替わったかのような恰好である。しかもジャケット・靴下・鞄・ピアスを除けば、全て自分にとっては新品のものばかりであった。自分にとっては、というのは中古品が多いからである。今日、身につけていた物の中に曲者がひとつある。最初に書いたジャケットだ。このジャケットは大変に着易くシルエットも綺麗で、この秋とても重宝している。他者にも何度かお褒めいただいたことがある逸品である。けれど、このジャケットの入手方法は決して大声では言えないのだ。何故なら……ゴミ捨て場に捨ててあった物だから。
1ヶ月程前だっただろうか。朝、ゴミを捨てに行った。ゴミを置こうとして目に入ったのがビームスの紙袋である。ゴミ袋に入れられておらず、その紙袋の取っ手部分だけが縛られており、中が丸見えの状態だった。中身は全て布類であり、私がゴミを捨てる際にするような拾われ防止策の煙草の吸殻まぶしなどはされていなかった。好奇心とは暴走し易いものである。ゴミを捨てに行ったのが8時頃。通勤通学の為に駅へと足を進める一般の方々の白い目など気にもせずに無心に漁った。するとお宝がどっさりと入っていたのだ。上記ジャケットを始め、インポート物・ブランド物のコート・ジャケット・スカートなど……お持ち帰り決定である。厳密に言えば私のした行為は違法だが気にしない。目の前のゴミの山にお宝があれば拾いたくなるのが人情だろう。私は法に縛られた機械的な人間ではなく人情に厚い人間なのだ、と言い訳させて貰う。人情という言葉の使い方が間違っているのも気にしない。前にちらっと所有衣類を減らしたいが難航しているという話を書いたと思う。このゴミの捨て主はきっと衣類を無駄に溜め込むことのない人なのだろう。尊敬する。拾ってきた中には確かに破れてもう着られないものもあった。それでも大半は新品同然なのだ。流行遅れになった物という訳でもない。むしろ今着ないでどうする? というような物も多かったし、ヴィンテージ物などは流行に囚われることも余りない。素材・縫製・ブランドタグのどれを見ても箆棒に高くはなさそうではあるが、そこそこの値はした筈の物ばかりだった。そのゴミ袋の中にツモリやズッカの新品タグが切って入れられていたので、恐らくは新しい服を購入したので前から持っていた物を捨てたのであろう。収納の達人の技を実践できている人のようだ。反面、私は服を減らしたいという野望を抱きつつもゴミ捨て場から服を拾ってきてしまう人間である。この違いは何なのだろう。
私が衣類を捨てる場合の多くは、大きなシミを作ってしまったときや自分では補修できない破れを作ってしまったときである。まず釦を全部切り取る。他の服の釦がなくなったときの交換用にする為だ。それからどこかしらに鋏でざっくりと切込みを入れる。私のような不届き者に拾われて再利用されたら悔しいからである。下着類の処分は必ず生ゴミと一緒の袋に入れる。最後に灰皿に山と溜まった吸殻を全体にまぶしてから捨てに行く。究極の貧乏根性である。自分が要らなくて捨てた物、下着類は別としても服などは再利用されたって構わないではないか、と思わなくもない。しかしどこかに再利用される悔しさを感じてしまう。尤もシミや破れがあるのが大前提なのだから再利用のしようもないとは思うのだが、それでも拾った主がシミ抜き名人だったら、補修名人だったら、と思うとどうにも悔しい。私もシミ抜き名人や補修名人になりたいと切に思う。ここ迄書いて気が付いた。お宝を捨てた主と私との一番の違いは、服への思い入れではないだろうか? 私は自分の所有している衣類の殆どが値段に関係なく好きであり、とても愛着がある。捨てた主は服への思い入れが少ないのではないだろうか。世の中には、衣類とは着飾って傷んできたら捨てる消耗品、と考えられる人もいるらしい。服の代金はその着飾ったときの楽しい気分の代金である、という考え方である。ライヴ料金のような考え方だ。理解も納得もできる。けれど実践はできない。消耗品と考えるには価格が高いのが一番の理由であるが、以前も書いたように衣類は定番商品を除いて、そのシーズン限りの限定品なのである。一度手放したら最後、なかなか再会できることはない。そう思ってしまうともう簡単には手放せなくなってしまうのだ。
一般論。ふたりの子供を持つ親がいる。3人でも4人でもいいが計算を簡単にするためにふたりとする。愛情はひとりに50%、ひとりに50%ではなく、ふたりともに100%の愛情を注ぐものらしい。私の衣類はどんどんぐんぐんばんばんじゃんじゃん増殖している。それら全てに100%の愛着がある……とは言えないが、どれもに80%程度の愛着があるのだ。これがあるからこっちはいらないとは決してならず、これとこれは似ているけれどここが微妙に違っていて両方のその微妙な違いが好き、となる。私はいい親になれそうだ。と、綺麗なオチをつけたいところだが私は生涯子供を持つ気がないので、永遠に服屋や出品者のいいカモであり続けるのだろう。
色彩感覚DNAによる誤解排除作戦
2003年10月26日 メイク・ファッション・ピアス ブルーベース、特に冬はこの季節に困る。秋らしい茶系の色合いが似合い難いのだ。ブルベ冬が得意とする色は黒・赤・紫などの強い色であり、同じ黒・赤・紫でも淡いパステルカラーのような色合いになると変わってくる。そしてこれらの強い色は扱いが難しい。色同士が喧嘩し易く、下手な合わせ方をするとただの派手な人になる。と知ったのは最近である。昔は淡い色合いの服やメイクを好んでいたがイマイチ評判が芳しくなかった。オレンジ系メイクをした日には頗る顔色が悪く見えるのが不思議でならなかった。ブルーベースと知り、やっと合点がいった。ブルーベースにとってオレンジ色は鬼門なのである。なので避けるようになった。私のワードローブは今、黒・赤・紫・青系、そしてその中でもくっきりした色が大半を占めている。飽きてきた。
日本人の主食は米だ。白米は美味しい。けれど毎日毎食が米では飽きがくるのでパンやパスタも食す。色も同じである。毎日同じ色に囲まれていれば飽きがくるのは自然なことだ。そして形にばかり拘るようになり、色への挑戦がなくなるのもつまらない。人間、他者を見るときにまず目が行くのは顔であろう。因ってメイクは今迄通りの路線を崩せない。こちらは崩さなくても自分の中で飽きがきていないので良い。またカラーコスメには様々な質感及びテクスチャ、個々での発色の違いもあるから良いのだ。問題は衣類及び服飾小物である。こちらも様々な素材やデザインがあるのだが何故か飽きてきた。飽きがきた原因は、元来私がパステルカラーや所謂シビラカラー好きという要因が強いからだと思われる。まずはオレンジ色のスニーカーを購入してみた。苦手な色を使う際に顔から遠い位置に置くのは定石である。メイクに苦手色を取り込まないのもこれが理由である。購入したもののサイズが合わなかったという理由で、親が最近くれたパンツとシャツがたまたまオレンジ色を使ったものだった。親はベースカラーの概念を知らない。説明するのが面倒なので教えていない。これらのアイテムは練習素材に適している。オレンジ1色ではなくベースがあった上にオレンジで柄が作られている物なので取り入れやすいのだ。
日本人のファッションセンスは海外のそれに比べて劣っているという説が根付いている。モデル等のインタビュー記事でも「参考にしているのは海外ファッション誌のスナップ」という答えをよく見る。けれど本当に日本人のセンスは劣っているのだろうか? どこかで「日本人は色合わせが上手である」という話を読んだことがある。根拠は平安時代に遡る。その昔、日本人は和装をしていた。着物である。着物には重ねが使われる。襟元を幾重にも重ね、少しずつずらして下の襟の色を見せる。グラデーションを利用するような無難なものだけでなく、奇抜とも言える色合わせもある。しかし上手い、と感心できる綺麗さがある。また着物を締める帯も多彩だ。この色の着物にその帯を持ってくるか! と思わされることも多々ある。原色・パステル自在に操る平安人は凄かった。その血を継いでいる現代人にも色彩センスのDNAは宿っている筈だ。宿っているだけでは意味がない。宿って眠っているそれを叩き起こしてこそ意味があるというものだ。
色彩の際たる教師は自然である。白い雲が流れる青い空の下に茶色の木が立つ。その木には緑の葉が茂り黄・赤・橙などの花を咲かせて実を成らす。空は時間によって赤から黒を経て青へと至る。葉も緑から赤や黄に季節に伴い色を変化させる。青系グラデーションから緑系を経て黒へと至る海の隣には灰色の砂浜があり、臙脂色のヒトデや茶と白のマーブル模様の貝を背負ったヤドカリがいる。海の中にはメタリックな鱗を持った魚や彩り鮮やかな熱帯魚、えげつない色合いの深海魚迄の多種魚類が生息している。これらの自然を見、個々の単色の好みは別として、この色にその色はないなあ……と思う者はいないだろう。三原色だ補色の関係だなどという理論は全て後付けである。知っておくに損はない。しかし知らなくても影響はない。ブルース・リー理論。考えるんじゃない、感じるんだ。そう思いつつも好みはある。私は黒い靴に茶色い靴下は納得できない。黒い鞄に茶色い靴もナシだ。白と生成りもナシだし、ピーチとピンクの同時使いもナシだ。個人的好みの問題なのかどうかは知らない。ただ、私にとってはナシだ。
また最近迄トップに濃い色を持ってきてボトムに淡い色を持ってくるのもナシだった。バランスが悪く思えてならなかった。バランスというよりも安定感と表現した方が判り易いか。地に足を付けると言うように、下の方に濃い色を使う方が安定感があるように思えてならなかった。なので白いスカートや黒いシャツは持ってはいても全然出番が回ってこなかった。街で人を見る。雑誌を見る。淡い色のボトムに濃い色のトップスを合わせている人は少ない。少ないが、いる。その中の半分くらいの人は特に安定感を失ってはいない。色だけの問題ではないことに気がついた。ボリューム感や素材感の使い方が上手いのだ。タイトな濃緑のトップスに生成りのボリューム感あるパンツを合わせていたりする。インディゴデニムに逃げない。透け感のある濃色トップスにツイードやヘリンボーンの淡色ボトムを合わせる。そして淡色で大きめの帽子を被る。小物使いも上手いのだ。何を着ても印象の変わらない人がいる。つまらない。当人も楽しくないだろう。私は楽しくない。なのでインパクトある物に逃げて変化を付けていた。インパクトある物には大きな欠点がある。一度着たらすぐに人に覚えられてしまい、またあの服を着ている、と思われてしまうのだ。癪である。なので着回し。だから色合わせ。こういう勉強は楽しい。
着飾る、という言葉には余り宜しくない印象がある。けれども大概の人は第一印象をパッと見で決める。ある程度の着飾りは必要である。或る友人と私とに共通点がある。他人様に持たれる第一印象が中身と余りにも違うという点だ。友人は捌けた人格にも関わらず気難しそうに見られるらしい。私はひねくれ者なのに優しそうに見えるらしい。友人が生む誤解を私は羨ましく思う。外見が莫迦の篩い落としに一役買っているからだ。そして気難しそうに見える人間が実は捌けた性格だと知られたら好印象を持たれる。私は逆だ。ひねくれた底意地の悪い性格なのに人懐っこく優しそうに思われる。と或る会社で勤め始めたとき、大きな猫を5匹程被って仕事をしていた。いい歳なのに人見知りするので打ち解ける迄に少々時間を要した。その時期とても貧乏だった為、昼食代を浮かせようとお弁当を持参していた。これも災いした。トイレでの化粧直しでアナスイやスティラを多用していたのも災いの一因かと思われる。打ち解けてから同僚が言った台詞がこれだ。「前職はお花屋さんだと思っていた」。本人を前に爆笑させてもらった。私の前職はエロ・博打系のフリーライター兼エディターであり、一時期はホステスや風俗もしていた。お花屋さんなんてかわいい印象の仕事は生まれてこの方したことがない。今後もしないだろうし不向きだという自覚があるのでできないだろう。
その職場ではジーンズが禁止されていた為、スカートを穿いていくことが多かった。ツモリの花柄縮絨ミドル丈スカートやレッセパッセの中綿入りロングスカート、コキュの刺繍入りモヘアカーディガンなどを着て行ったときには老若問わずかわいいと褒められた。私はかわいい服が好きなのだ。友人は学生時代から何度も外見と内面を近づけようとしている。しかしそう上手くは行っていないようだ。私は……ティアードスカートやフリルを嫌いにならない限りこのような印象を持たれ続けるのだろう。損である。人懐っこそうな優しそうな印象の人間が実は風俗上がりでエロ・博打好きだと知ったら人は落胆する。こんな人だと思っていなかった、…
日本人の主食は米だ。白米は美味しい。けれど毎日毎食が米では飽きがくるのでパンやパスタも食す。色も同じである。毎日同じ色に囲まれていれば飽きがくるのは自然なことだ。そして形にばかり拘るようになり、色への挑戦がなくなるのもつまらない。人間、他者を見るときにまず目が行くのは顔であろう。因ってメイクは今迄通りの路線を崩せない。こちらは崩さなくても自分の中で飽きがきていないので良い。またカラーコスメには様々な質感及びテクスチャ、個々での発色の違いもあるから良いのだ。問題は衣類及び服飾小物である。こちらも様々な素材やデザインがあるのだが何故か飽きてきた。飽きがきた原因は、元来私がパステルカラーや所謂シビラカラー好きという要因が強いからだと思われる。まずはオレンジ色のスニーカーを購入してみた。苦手な色を使う際に顔から遠い位置に置くのは定石である。メイクに苦手色を取り込まないのもこれが理由である。購入したもののサイズが合わなかったという理由で、親が最近くれたパンツとシャツがたまたまオレンジ色を使ったものだった。親はベースカラーの概念を知らない。説明するのが面倒なので教えていない。これらのアイテムは練習素材に適している。オレンジ1色ではなくベースがあった上にオレンジで柄が作られている物なので取り入れやすいのだ。
日本人のファッションセンスは海外のそれに比べて劣っているという説が根付いている。モデル等のインタビュー記事でも「参考にしているのは海外ファッション誌のスナップ」という答えをよく見る。けれど本当に日本人のセンスは劣っているのだろうか? どこかで「日本人は色合わせが上手である」という話を読んだことがある。根拠は平安時代に遡る。その昔、日本人は和装をしていた。着物である。着物には重ねが使われる。襟元を幾重にも重ね、少しずつずらして下の襟の色を見せる。グラデーションを利用するような無難なものだけでなく、奇抜とも言える色合わせもある。しかし上手い、と感心できる綺麗さがある。また着物を締める帯も多彩だ。この色の着物にその帯を持ってくるか! と思わされることも多々ある。原色・パステル自在に操る平安人は凄かった。その血を継いでいる現代人にも色彩センスのDNAは宿っている筈だ。宿っているだけでは意味がない。宿って眠っているそれを叩き起こしてこそ意味があるというものだ。
色彩の際たる教師は自然である。白い雲が流れる青い空の下に茶色の木が立つ。その木には緑の葉が茂り黄・赤・橙などの花を咲かせて実を成らす。空は時間によって赤から黒を経て青へと至る。葉も緑から赤や黄に季節に伴い色を変化させる。青系グラデーションから緑系を経て黒へと至る海の隣には灰色の砂浜があり、臙脂色のヒトデや茶と白のマーブル模様の貝を背負ったヤドカリがいる。海の中にはメタリックな鱗を持った魚や彩り鮮やかな熱帯魚、えげつない色合いの深海魚迄の多種魚類が生息している。これらの自然を見、個々の単色の好みは別として、この色にその色はないなあ……と思う者はいないだろう。三原色だ補色の関係だなどという理論は全て後付けである。知っておくに損はない。しかし知らなくても影響はない。ブルース・リー理論。考えるんじゃない、感じるんだ。そう思いつつも好みはある。私は黒い靴に茶色い靴下は納得できない。黒い鞄に茶色い靴もナシだ。白と生成りもナシだし、ピーチとピンクの同時使いもナシだ。個人的好みの問題なのかどうかは知らない。ただ、私にとってはナシだ。
また最近迄トップに濃い色を持ってきてボトムに淡い色を持ってくるのもナシだった。バランスが悪く思えてならなかった。バランスというよりも安定感と表現した方が判り易いか。地に足を付けると言うように、下の方に濃い色を使う方が安定感があるように思えてならなかった。なので白いスカートや黒いシャツは持ってはいても全然出番が回ってこなかった。街で人を見る。雑誌を見る。淡い色のボトムに濃い色のトップスを合わせている人は少ない。少ないが、いる。その中の半分くらいの人は特に安定感を失ってはいない。色だけの問題ではないことに気がついた。ボリューム感や素材感の使い方が上手いのだ。タイトな濃緑のトップスに生成りのボリューム感あるパンツを合わせていたりする。インディゴデニムに逃げない。透け感のある濃色トップスにツイードやヘリンボーンの淡色ボトムを合わせる。そして淡色で大きめの帽子を被る。小物使いも上手いのだ。何を着ても印象の変わらない人がいる。つまらない。当人も楽しくないだろう。私は楽しくない。なのでインパクトある物に逃げて変化を付けていた。インパクトある物には大きな欠点がある。一度着たらすぐに人に覚えられてしまい、またあの服を着ている、と思われてしまうのだ。癪である。なので着回し。だから色合わせ。こういう勉強は楽しい。
着飾る、という言葉には余り宜しくない印象がある。けれども大概の人は第一印象をパッと見で決める。ある程度の着飾りは必要である。或る友人と私とに共通点がある。他人様に持たれる第一印象が中身と余りにも違うという点だ。友人は捌けた人格にも関わらず気難しそうに見られるらしい。私はひねくれ者なのに優しそうに見えるらしい。友人が生む誤解を私は羨ましく思う。外見が莫迦の篩い落としに一役買っているからだ。そして気難しそうに見える人間が実は捌けた性格だと知られたら好印象を持たれる。私は逆だ。ひねくれた底意地の悪い性格なのに人懐っこく優しそうに思われる。と或る会社で勤め始めたとき、大きな猫を5匹程被って仕事をしていた。いい歳なのに人見知りするので打ち解ける迄に少々時間を要した。その時期とても貧乏だった為、昼食代を浮かせようとお弁当を持参していた。これも災いした。トイレでの化粧直しでアナスイやスティラを多用していたのも災いの一因かと思われる。打ち解けてから同僚が言った台詞がこれだ。「前職はお花屋さんだと思っていた」。本人を前に爆笑させてもらった。私の前職はエロ・博打系のフリーライター兼エディターであり、一時期はホステスや風俗もしていた。お花屋さんなんてかわいい印象の仕事は生まれてこの方したことがない。今後もしないだろうし不向きだという自覚があるのでできないだろう。
その職場ではジーンズが禁止されていた為、スカートを穿いていくことが多かった。ツモリの花柄縮絨ミドル丈スカートやレッセパッセの中綿入りロングスカート、コキュの刺繍入りモヘアカーディガンなどを着て行ったときには老若問わずかわいいと褒められた。私はかわいい服が好きなのだ。友人は学生時代から何度も外見と内面を近づけようとしている。しかしそう上手くは行っていないようだ。私は……ティアードスカートやフリルを嫌いにならない限りこのような印象を持たれ続けるのだろう。損である。人懐っこそうな優しそうな印象の人間が実は風俗上がりでエロ・博打好きだと知ったら人は落胆する。こんな人だと思っていなかった、…
拘りの集大成
2003年10月25日 メイク・ファッション・ピアス 金曜、天才ファミリーカンパニーのスペシャル版5巻を買うべく書店に出向いたのだが、なかった。ので、GREEN全4巻・噂真・美的・Springを購入。美的はVoceと共に紐で縛ってあり中を見ての判断は不可能。迷ったのだがVoceの付録にカネボウの文字が見えたので美的を買った。失敗した。私はカネボウの化粧品が余り好きではない。最大手ドメブラである資生堂の後追いばかりをしているような印象が根付いている。因ってどこのサンプルかは判らないが恐らくカネボウではなかろうと読んでの美的購入である。美的のサンプルは資生堂であった。が、資生堂は資生堂でもナプキンである。激しくいらん。本誌そのものは11月から始まるコフレ及び限定品特集があったので読み応えはまあまああったが、きっとVoceでも同じ特集は組まれていただろう。クリスマスコフレ及び限定品は、去年に比べればどこも無難な品揃えに思えた。しかし何かしら買ってしまうだろう。大高姐さんも薦めていたイヴ・サンローランのパレットが気になるがやや高い。同じく姐さんお薦めのスティラのハイライトを買うか。使わなさそうである。MACのパレットかイプサのマスカラキット、アユーラの聖彩コフレあたりを買ってしまいそうだ。またはスティラのリップグレイズセット。アナスイのリップ及びシャドウパレットもかわいい。けれど小さい。因みに一昨年のアナスイのリップパレット・シャドウパレットは購入したものの大半が残っている。最有力候補はイプサのタイムリセットのセットである。これは前回も購入し今も愛用している。リピートした訳ではない。単純に、まだ、残っているのだ。減りが遅いのはいいことだ。今度は美容液ではなくクリームのセットにするか……と思っているが、ひとつ難点がある。タイムリセットシリーズはとても優秀である。アクアは水分補給に素晴らしい力を見せてくれるし、美容液は保湿キープ力が強いのにこってりしすぎておらず、軽さが魅力だ。問題はクリームである。これも保湿力・ハリの取り戻しに力を発揮してくれる。ザーネと同程度に。ザーネはドラッグストアで500〜1000円で購入できる。タイムリセットは8000円くらいする。量もザーネの方が多い。ならばザーネで良いではないかと思うのが常人だろうが、容器が違うのだ。ザーネの容器はかわいくない。イプサの容器は機能的且つかわいい。化粧品、特に基礎物購入の理由なんてこんなもんなのだ。
Springを購入したのは表紙が深津絵里だったからだ。彼女もブルーベースの冬なので着こなしやメイクに於いてとても参考になる。今回は本誌の中で3種の黒いコートを着ていた。かわいい。今年30歳になったようだが、かわいい。私の愛用している黒コートはツモリの無難なステンカラーコートだが、今回深津が着ていたコートも欲しくなった。値段を見る。55万円……。私が持っている服の中で最も高価な服は親に貰った約8万円のインポート物コートである。ピンク地に大きなフェイクファーの白い襟が付いたとてもかわいいコートで、私の普段のファッション傾向に合わないためクローゼットで眠っている。私は高い服は購入しても貰っても、勿体無い気持ちが先に立って着られないのだ。清水の舞台から飛び降りる気持ちで購入したヴィヴィアンウエストウッドのカーディガンがある。ラグタグで2万円前後だったと記憶している。多分これが自腹で購入した中で一番高い服だ。勿体無いので滅多に着ない。人から貰った服で2万8千円のホコモモラのカーディガンがある。ホコモモラが今より高かった時代のものだ。勿体無くて着られない……。正に宝の持ち腐れ。本当に腐りそうなので今年こそはいろいろ着たいものである。が、きっとネットオークションで購入した100円の古着テイスト満載なニットや同じく500円で購入したスサデボンボンのダッフルコートが活躍しそうだ。安い物は何の気兼ねもなく着られて良い。この夏、最も活躍したのはフリーマーケットで400円で購入したオゾンロックスのTシャツだった。そんなものだ。
なので莫迦なうちのは、お前にはユニクロがお似合いだと言う。ユニクロの服は大変につまらない。無難でクセがないし、多色展開がウリではあるがその中に似合う色がどれだけあるというのか。何より多くの人が同じ物を購入し、着ているというのが嫌でたまらない。街中で同じ物を着た人間と擦れ違うときに気まずさを覚えるのは私だけであろうか? 以前、電車内で私がそのとき持っていたポーターの鞄と全く同じ物を持った人を見たことがある。どうにも嫌な気分になったので車両を移動した。その鞄はとても使い勝手のいい鞄なのだが、それ以来使用頻度が格段に落ちた。その鞄を持った人をライヴ会場でも見たことがある。そのときは私は違う鞄だったのでまあ良かったのだが、今後その鞄の使用頻度は更に落ちるであろう。定番物の怖さはここにある。流行に乗ると来年は着られない。だからといって定番物に頼ると街で同品を持った及び着た人との遭遇率が高上。この折り合いをつける物を探すと、流行には乗らず、適度にクセのある物に落ち着くのは自然なことだろう。それを我が道と呼ばれるのは、私にとって誇らしい。手本がないのでセンスを磨かねばならない。流行や定番への依存は楽であるが、そこには落ち着き、いや正直に書くならば、陥りたくない。
昨日、数年前に私が巨大掲示板某板に立てたスレッドを久々に読み返した。所有衣類等を減らしたいという趣旨のスレッドである。当時の私はうちのに怒られて、衣類等を減らさなければならなかったらしい。スレに書き込んでくれた人たちからは、流行を過ぎた物を処分しろという意見が多かった。けれど私は流行は追っていないので無理なのだ。先日、ネット上で或るコラムを読んだ。内容は定番物にこそ流行が反映されているというものだ。例えば黒のタートルニット。定番である。が、そのシルエットは毎年変わっている。一言で黒のタートルニットと言っても、ゆったりしたものが多く出回る時期もあれば身体のラインの出るものが出回る時期もある。定番という言葉に惑わされてはならないという話である。目から鱗が落ちたと思えた程に新鮮な意見に感じた。そして自分の衣類をチェックしたが定番の中の流行に沿った物は見当たらなかった。私が衣類を減らせる日はいつ来るのだろう。
ついでに衣類に関してひとつ悪癖が現れてきた。固執的完璧主義。同じ物をふたつ買うことはないのだが、似た物が欲しくなってきたのだ。例えばブラックジーンズ。1本しかなければそれがダメになったらどうしよう、と思うのだ。なので似た物をもう1本買う。私の所有衣類の中には微妙に違う物が多い。デニムのスカート然り、ピンクのスカート然り、シャツ・ブラウス・Tシャツ……。どれも他者から見れば、これがあればあれらは要らないだろう、と見えるに違いない。当人にとってはその、微妙な違いこそが大事なのである。だってここが違うんだもん! となる。他者がそこ迄見てはいないのは承知だ。小さなフリンジの有無や袖口の折り返しの有無などあってもなくても、ファッションに余程精通していない者から見ればトータルバランスに影響は及ぼさない。解っている。解ってはいるのだが、この小さな拘りの集大成が私の服装に大きく影響していることを主張したい。主張には実践を伴う必要もある。入浴及び着替えをしなければ。
Springを購入したのは表紙が深津絵里だったからだ。彼女もブルーベースの冬なので着こなしやメイクに於いてとても参考になる。今回は本誌の中で3種の黒いコートを着ていた。かわいい。今年30歳になったようだが、かわいい。私の愛用している黒コートはツモリの無難なステンカラーコートだが、今回深津が着ていたコートも欲しくなった。値段を見る。55万円……。私が持っている服の中で最も高価な服は親に貰った約8万円のインポート物コートである。ピンク地に大きなフェイクファーの白い襟が付いたとてもかわいいコートで、私の普段のファッション傾向に合わないためクローゼットで眠っている。私は高い服は購入しても貰っても、勿体無い気持ちが先に立って着られないのだ。清水の舞台から飛び降りる気持ちで購入したヴィヴィアンウエストウッドのカーディガンがある。ラグタグで2万円前後だったと記憶している。多分これが自腹で購入した中で一番高い服だ。勿体無いので滅多に着ない。人から貰った服で2万8千円のホコモモラのカーディガンがある。ホコモモラが今より高かった時代のものだ。勿体無くて着られない……。正に宝の持ち腐れ。本当に腐りそうなので今年こそはいろいろ着たいものである。が、きっとネットオークションで購入した100円の古着テイスト満載なニットや同じく500円で購入したスサデボンボンのダッフルコートが活躍しそうだ。安い物は何の気兼ねもなく着られて良い。この夏、最も活躍したのはフリーマーケットで400円で購入したオゾンロックスのTシャツだった。そんなものだ。
なので莫迦なうちのは、お前にはユニクロがお似合いだと言う。ユニクロの服は大変につまらない。無難でクセがないし、多色展開がウリではあるがその中に似合う色がどれだけあるというのか。何より多くの人が同じ物を購入し、着ているというのが嫌でたまらない。街中で同じ物を着た人間と擦れ違うときに気まずさを覚えるのは私だけであろうか? 以前、電車内で私がそのとき持っていたポーターの鞄と全く同じ物を持った人を見たことがある。どうにも嫌な気分になったので車両を移動した。その鞄はとても使い勝手のいい鞄なのだが、それ以来使用頻度が格段に落ちた。その鞄を持った人をライヴ会場でも見たことがある。そのときは私は違う鞄だったのでまあ良かったのだが、今後その鞄の使用頻度は更に落ちるであろう。定番物の怖さはここにある。流行に乗ると来年は着られない。だからといって定番物に頼ると街で同品を持った及び着た人との遭遇率が高上。この折り合いをつける物を探すと、流行には乗らず、適度にクセのある物に落ち着くのは自然なことだろう。それを我が道と呼ばれるのは、私にとって誇らしい。手本がないのでセンスを磨かねばならない。流行や定番への依存は楽であるが、そこには落ち着き、いや正直に書くならば、陥りたくない。
昨日、数年前に私が巨大掲示板某板に立てたスレッドを久々に読み返した。所有衣類等を減らしたいという趣旨のスレッドである。当時の私はうちのに怒られて、衣類等を減らさなければならなかったらしい。スレに書き込んでくれた人たちからは、流行を過ぎた物を処分しろという意見が多かった。けれど私は流行は追っていないので無理なのだ。先日、ネット上で或るコラムを読んだ。内容は定番物にこそ流行が反映されているというものだ。例えば黒のタートルニット。定番である。が、そのシルエットは毎年変わっている。一言で黒のタートルニットと言っても、ゆったりしたものが多く出回る時期もあれば身体のラインの出るものが出回る時期もある。定番という言葉に惑わされてはならないという話である。目から鱗が落ちたと思えた程に新鮮な意見に感じた。そして自分の衣類をチェックしたが定番の中の流行に沿った物は見当たらなかった。私が衣類を減らせる日はいつ来るのだろう。
ついでに衣類に関してひとつ悪癖が現れてきた。固執的完璧主義。同じ物をふたつ買うことはないのだが、似た物が欲しくなってきたのだ。例えばブラックジーンズ。1本しかなければそれがダメになったらどうしよう、と思うのだ。なので似た物をもう1本買う。私の所有衣類の中には微妙に違う物が多い。デニムのスカート然り、ピンクのスカート然り、シャツ・ブラウス・Tシャツ……。どれも他者から見れば、これがあればあれらは要らないだろう、と見えるに違いない。当人にとってはその、微妙な違いこそが大事なのである。だってここが違うんだもん! となる。他者がそこ迄見てはいないのは承知だ。小さなフリンジの有無や袖口の折り返しの有無などあってもなくても、ファッションに余程精通していない者から見ればトータルバランスに影響は及ぼさない。解っている。解ってはいるのだが、この小さな拘りの集大成が私の服装に大きく影響していることを主張したい。主張には実践を伴う必要もある。入浴及び着替えをしなければ。
祭り好き
2003年10月19日 メイク・ファッション・ピアス 先日、一番の仲良しと話していて、私らの読むファッション誌がないという話題になった。彼女と私のファッション傾向は違うが共に無いのだ。歳相応の雑誌をめくると箆棒に価格が高い物しか掲載されておらず、歳以下の雑誌をめくると若過ぎて似合わない物が多い。そもそも両誌共に趣味に合わない。私は強いて選んでmini・nonnoなのだ。もっと役立つ雑誌が存在すれば当然移行する。どこかかが発刊してくれないものか。いっそ自分でどこかに企画書を持ち込んで社会復帰の足掛かりにするかとも思った。が、やめた。服に限った話では無いが、人の趣味とは多種多様である。私が企画書を持ち込み運良く発刊に至ったところで、私と同傾向のファッションを好む同志がどれほどいるかの数字が読めない。彼女と私の間では、読むファッション誌がないということは共通認識としてあるが、きっと彼女は私が企画した雑誌は読まないであろう。趣味が違うからだ。こうなるとひとりに一誌と云う話になる。無理だ。なのでやめた。追記するならアナスイのレザースーツとタバサのワンピースとサマンサモスモスのブラウスを同列に扱いたいという雑誌に広告費を出す企業はまずなかろう。
女性にとってファッションと切り離せないのがメイクである。私の初メイクは実に乱暴で酷いものであった。中学時代の友人にメイクを教わらされてやってみたのを今も覚えている。スキンケアもしていない頃だった。中学生で貧乏だったのでチープセルフコスメ、メイベリンのリキッドファンデーションと口紅を買った。当時はその友人の知識に基づいてのみのメイクだったので、下地も何も付けずにファンデーションを塗りたくり紅を引いた。なかなかいいかも? と思った。今となっては美意識の欠片も無かった自分が恐ろしい。ファンデーションで能面のように立体感を無くし、口だけが激しくピンクの何がいいものか! 元来不精な私はそれ以来口紅だけを愛用していた。リキッドファンデは付けるのが面倒だったからだ。唇が荒れ易く紅を引く前に必ずリップクリームを付けていたのは偶然の産物であるが、今も唇への色素沈着は余り無い。高校生になり彼氏が出来てから自ら進んでコスメを購入した。PJラピスのリップとネイル、エルセリエのプレストパウダー等。スキンケアもするようになった。しかし知識無く自己流なので化粧水のみであり、乳液で蓋をする必然性など知る由もない。
19歳になり、就職活動の為にメイク用品一式をイプサで揃えた。化粧液の容器が化学室にある薬剤瓶のような形だったのを気に入ったからだ。メイク用品と同時にその化粧液も購入した。化粧液が1本で化粧水と乳液の役割をしてくれる手軽さやフェイスカラーがアイシャドウとチークを兼ねる便利さも気に入ったし、そのとき担当してくれたイプサのBAさん自身の顔も名前も覚えていないが、その親切さには今も感謝している。彼女が私を適当にあしらうBAなら今の私はない。彼女に正しいメイクを教わってからも転々とした職場がどこも男社会だったこともあり、メイク自体は余りしなかった。ホステスやM嬢をしていた時代も余りメイクはしなかった。濃い目の紅を引いてさえいれば男性はきちんとメイクしているかのように勘違いしてくれたからフルメイクの必然性を感じなかったのだ。男も莫迦だ。
今の私は自他共に認めるコスメオタクである。基礎物・メイク物何でもござれだ。フルメイクには2時間を要する。スキンケアもメイクも楽しい。その楽しさを教えてくれたのは某巨大掲示板の化粧板である。某巨大コスメクチコミサイトはその後に知った。クチコミサイトが先ならもしかしたらコスメが嫌いになっていた可能性もある。あちらでは何でもござれにはなれなかっただろう。餓鬼のポエムにげんなりしていたに違いない。先に某巨大掲示板を知ったことは本当にラッキーだった。何でもござれの知識の殆どは化粧板で得た。各アイテムの用途から必要性、各コスメブランドの特徴、ブランドの撤退や新生及び限定商品やコフレの情報、裏技的な物事等。そして大高姐さんの存在もブラシの選び方も自分がブルーベースであることも。ブルーベースだと判定してくれたのはカバーマークだが、そもそもカラーベースというものの存在を知らなかったのだ。カラーベースを知ったことでファッションもメイクも失敗アイテムの購入が確実に減っている。私のコスメ知識の9割8分は化粧板のお陰であり、残りの2分がVoce・美的と某クチコミサイトだ。
限定商品にときめく。これは衣類小物等のアンティーク物や一点物好きにも通じる。同じ物を多くの人間が使っているという現象が嫌なのだ。その反面、祭も好きでマジョリカマジョルカの赤ライナー祭に乗ったりもする。FSP各アイテムも然り。そんな限定や新色に煽られる莫迦の敵の二大巨頭がスティラとランコムだろう。毎月のように限定色や限定商品を出してくる。一時期、私はスティラに貢ぐ為に働いているのではないかと思っていた。けれど貢ぎたくてたまらなかった。うちのには散々莫迦にされた。一歩立ち止まった今は確かに莫迦だったことを素直に認められる。ファッションブランドとコスメブランドに変わりは無いのだと目が覚めた。ファッションブランドはシーズンごとに様々なアイテムを出してくる。翌年の同シーズンに同じ物を出してはこない。言ってしまえばファッション業界では、そのブランドの定番商品を除く全てが限定品なのだ。何故コスメブランドではそれが特化されてしまっているのだろうか。コスメの色物は季節に適した色はありつつも基本的には通年使える物だからだろう。以前、スティラの限定、カバナガールシリーズのバナナダイキリとストロベリーダイキリを購入した。そのバナナダイキリを使ったときに気付いた。スティラの限定品パッケージは基本的にとても可愛い。しかしカバナガールシリーズは三種のトライパンが出されたが、三種とも同じパッケージだった。可愛いには可愛いが使う際にストロベリーダイキリと間違えてしまう。そしてスティラのシャドウは質も色も悪くはないが特別良くもない。バナナダイキリはベージュからブラウンの三色のアイシャドウで成り立っている。探せば何処かのブランドに同じ色はありそうで、そちらの方が質も良いかもしれない。私は化粧直しの際にアイシャドウは弄らないのでトライパンを持ち歩くことはない。可愛いパッケージは自己満足である。しかし他色との区別がし難くては魅力は半減する。やっと理性を取り戻した。
イプサ・FSPのシンプルさ、アユーラの素朴さ、A&A・白鳳堂の機能性と安定感、ランコムのアダルトな雰囲気、アナスイのデコラティブな雰囲気が好きだ。スティラの可愛さも変わらず好きだ。しかしもう限定や新色に踊らされはしまい。既に私のメイクボックスに足りない物は無い。後は適度に楽しむだけである。この秋は上記赤ライナー、ランコムの限定リップ&チークスとやはり限定色のチーク、アナスイの新色リップジャーを買っただけだ。アナスイのリップジャーは5000円以上購入時の特典であるバニティポーチ目当てに、前々から欲しかったリップブラシ2本だけではポーチプレゼントへの価格に達しない為に購入した。まだ冷静さを取り戻し切ってはいないのかもしれない。が、楽しいから良いのだ。
BGM/アルバム「無罪モラトリアム」「加爾基 精液 栗ノ花」
女性にとってファッションと切り離せないのがメイクである。私の初メイクは実に乱暴で酷いものであった。中学時代の友人にメイクを教わらされてやってみたのを今も覚えている。スキンケアもしていない頃だった。中学生で貧乏だったのでチープセルフコスメ、メイベリンのリキッドファンデーションと口紅を買った。当時はその友人の知識に基づいてのみのメイクだったので、下地も何も付けずにファンデーションを塗りたくり紅を引いた。なかなかいいかも? と思った。今となっては美意識の欠片も無かった自分が恐ろしい。ファンデーションで能面のように立体感を無くし、口だけが激しくピンクの何がいいものか! 元来不精な私はそれ以来口紅だけを愛用していた。リキッドファンデは付けるのが面倒だったからだ。唇が荒れ易く紅を引く前に必ずリップクリームを付けていたのは偶然の産物であるが、今も唇への色素沈着は余り無い。高校生になり彼氏が出来てから自ら進んでコスメを購入した。PJラピスのリップとネイル、エルセリエのプレストパウダー等。スキンケアもするようになった。しかし知識無く自己流なので化粧水のみであり、乳液で蓋をする必然性など知る由もない。
19歳になり、就職活動の為にメイク用品一式をイプサで揃えた。化粧液の容器が化学室にある薬剤瓶のような形だったのを気に入ったからだ。メイク用品と同時にその化粧液も購入した。化粧液が1本で化粧水と乳液の役割をしてくれる手軽さやフェイスカラーがアイシャドウとチークを兼ねる便利さも気に入ったし、そのとき担当してくれたイプサのBAさん自身の顔も名前も覚えていないが、その親切さには今も感謝している。彼女が私を適当にあしらうBAなら今の私はない。彼女に正しいメイクを教わってからも転々とした職場がどこも男社会だったこともあり、メイク自体は余りしなかった。ホステスやM嬢をしていた時代も余りメイクはしなかった。濃い目の紅を引いてさえいれば男性はきちんとメイクしているかのように勘違いしてくれたからフルメイクの必然性を感じなかったのだ。男も莫迦だ。
今の私は自他共に認めるコスメオタクである。基礎物・メイク物何でもござれだ。フルメイクには2時間を要する。スキンケアもメイクも楽しい。その楽しさを教えてくれたのは某巨大掲示板の化粧板である。某巨大コスメクチコミサイトはその後に知った。クチコミサイトが先ならもしかしたらコスメが嫌いになっていた可能性もある。あちらでは何でもござれにはなれなかっただろう。餓鬼のポエムにげんなりしていたに違いない。先に某巨大掲示板を知ったことは本当にラッキーだった。何でもござれの知識の殆どは化粧板で得た。各アイテムの用途から必要性、各コスメブランドの特徴、ブランドの撤退や新生及び限定商品やコフレの情報、裏技的な物事等。そして大高姐さんの存在もブラシの選び方も自分がブルーベースであることも。ブルーベースだと判定してくれたのはカバーマークだが、そもそもカラーベースというものの存在を知らなかったのだ。カラーベースを知ったことでファッションもメイクも失敗アイテムの購入が確実に減っている。私のコスメ知識の9割8分は化粧板のお陰であり、残りの2分がVoce・美的と某クチコミサイトだ。
限定商品にときめく。これは衣類小物等のアンティーク物や一点物好きにも通じる。同じ物を多くの人間が使っているという現象が嫌なのだ。その反面、祭も好きでマジョリカマジョルカの赤ライナー祭に乗ったりもする。FSP各アイテムも然り。そんな限定や新色に煽られる莫迦の敵の二大巨頭がスティラとランコムだろう。毎月のように限定色や限定商品を出してくる。一時期、私はスティラに貢ぐ為に働いているのではないかと思っていた。けれど貢ぎたくてたまらなかった。うちのには散々莫迦にされた。一歩立ち止まった今は確かに莫迦だったことを素直に認められる。ファッションブランドとコスメブランドに変わりは無いのだと目が覚めた。ファッションブランドはシーズンごとに様々なアイテムを出してくる。翌年の同シーズンに同じ物を出してはこない。言ってしまえばファッション業界では、そのブランドの定番商品を除く全てが限定品なのだ。何故コスメブランドではそれが特化されてしまっているのだろうか。コスメの色物は季節に適した色はありつつも基本的には通年使える物だからだろう。以前、スティラの限定、カバナガールシリーズのバナナダイキリとストロベリーダイキリを購入した。そのバナナダイキリを使ったときに気付いた。スティラの限定品パッケージは基本的にとても可愛い。しかしカバナガールシリーズは三種のトライパンが出されたが、三種とも同じパッケージだった。可愛いには可愛いが使う際にストロベリーダイキリと間違えてしまう。そしてスティラのシャドウは質も色も悪くはないが特別良くもない。バナナダイキリはベージュからブラウンの三色のアイシャドウで成り立っている。探せば何処かのブランドに同じ色はありそうで、そちらの方が質も良いかもしれない。私は化粧直しの際にアイシャドウは弄らないのでトライパンを持ち歩くことはない。可愛いパッケージは自己満足である。しかし他色との区別がし難くては魅力は半減する。やっと理性を取り戻した。
イプサ・FSPのシンプルさ、アユーラの素朴さ、A&A・白鳳堂の機能性と安定感、ランコムのアダルトな雰囲気、アナスイのデコラティブな雰囲気が好きだ。スティラの可愛さも変わらず好きだ。しかしもう限定や新色に踊らされはしまい。既に私のメイクボックスに足りない物は無い。後は適度に楽しむだけである。この秋は上記赤ライナー、ランコムの限定リップ&チークスとやはり限定色のチーク、アナスイの新色リップジャーを買っただけだ。アナスイのリップジャーは5000円以上購入時の特典であるバニティポーチ目当てに、前々から欲しかったリップブラシ2本だけではポーチプレゼントへの価格に達しない為に購入した。まだ冷静さを取り戻し切ってはいないのかもしれない。が、楽しいから良いのだ。
BGM/アルバム「無罪モラトリアム」「加爾基 精液 栗ノ花」