現在7月4日。

 寝付き及び寝起きが激しく悪い昨今、うちでは喧嘩が絶えない。寝付きが悪く朝迄起きてしまっていることも度々で、そういう日はうちのの目覚まし時計が鳴ると、朝食を出す。簡単なものばかりだけれど。暑くなってきて、うちのはシャワーを出勤前に浴びるようになった。因ってうちのの朝の流れは、起きる→朝食を食べる→シャワー→着替え及び身支度→出勤。朝食を出して玄関で見送る迄の時間、私は大変に暇である。朝食に使った食器を洗うと、シャワーの勢いが落ちるので後回しにしたい。うちのは自分が家にいるときに洗濯をされると落ち着かないから嫌がる。掃除も同様。朝食迄出しておいて見送らずに寝てしまうと、これまた臍が曲がる。なのでだらだらと30分弱の時間、これ迄はPCでかちゅ〜しゃを開いたり、ネットオークションを覗いて暇潰しをしていた。そしていつも、朝からいい身分だな、おい、と嫌味を言われていた。少し前から、私がよく覗く某巨大掲示板某板某スレで、落ちゲーが流行っている。「ぷよぷよ」や「テトリス」のようなアレだ。で、スレに落ちゲーのURLが貼られていたので、ぼーっとそのゲームをしていたら、怒られた。朝からゲームなんかしてんな! そうか、ゲームをしていると怒られるのか。翌朝。この時間に私は漫画を読んでいた。ゲームをしてはならないらしいが、漫画ならまだマシだろう、と。また怒られた。朝から漫画なんか読むな! 漫画もダメか。どっちにしても怒られるのなら、とまた翌朝はゲームに戻った。シャワーを浴びる為に服を脱ぎつつ、うちのが言った。毎朝毎朝、俺だって言いたくないんだよ! 反射的にぽそりと独り言が出てしまった。なら、言わなきゃいいじゃん。背中に衝撃。うちのが脱いだシャツとパンツを投げつけてきた。何すんの! と、こちらも急速沸騰。うちのがシャワーを浴び終えて直ぐに無言で食器洗い開始。洗い終えてもうちのの身支度は終わっていない。途中で何か話しかけてきたけれど、聞く気がないから聞こえない。無視して夕食の準備をし始めると、ああそうですか、と手早く身支度を済ませて黙って出勤していった。

 日常の中で、ぽっかりと空いてしまう時間は誰にでもあるもののように思う。例えば仕事中。何かひとつの作業をやり終えて、時間を見ると後15分で会議開始。15分でできる簡単な仕事があればいいけれど、次にやろうとしていた他のことに取り掛かるには時間が足りない。なのでその間は喫煙所へ。なんてことは普通だと思う。私の朝に置き換えれば、その喫煙タイムがゲームや漫画に当て嵌まる。何度か怒られているときに、そんなに暇なら掃除でもしろよ! そんな暇があったら洗濯でもしてろ! などと言われた。ここで素直にその作業に取り掛かると、うちのの身支度中に絶対に、落ち着かない! とまた怒られる。八方塞なのだ。うちが何部屋もあるとか、洗濯場所としてちゃんとそれなりのスペースがあるとかなら話は変わってくるだろう。うちのの目に付かない部屋を掃除したり、洗濯をすればいい。しかしうちは狭い1DK。掃除をしようにも身支度でキッチンと居間を行き来するうちのの視界に、せせこましく動く私が入る。洗濯をしようにも洗濯物の選り分けで、ただでさえ狭い玄関先がより狭くなる。本当にどうしていいか解らない時間なのだ。けれど、空いた15分に喫煙所に行く人を、その後の会議に出席予定のない忙しい人は、あいつは暇そうだな、と思ったりすることもあるだろう。ちょっと想像力を働かせれば、ぽっかり空いてしまった時間なのかな? 位のことは考えつきそうなものだと私は思うけれど。

 また、言いたくない、と言いつつ人を注意したり叱ったり怒ったりする人も世の中には少なくない。単純に私は、ならなんで言いたくないことを言うのだろう、と思う。言いたくないことを言っている間、その人は気分が悪くないのだろうか。どうも私がこれ迄に出会ってきた、言いたくないけれどと前置きして何かを言う人、は皆揃って気分が悪そうだ。そして往々にしてその前置きがついた後に続く話は私も余り面白くない。双方楽しくないのになんでそんな話を一々するのか、本当に解らない。30年弱生きてきて、よくそういう話をされる私は勝手に、言いたくないけれどと前置きして何かを言う人は、きっとそれを言いたいのだと決めている。すると次にひとつ疑問が出てくる。言いたいことを言うのに何故、言いたくないけれど、なんて前置きをするのだろう。言いたいから言うのなら、そんな前置きは不必要な筈である。なのに、前置きがついてくる。前説のようなものなのか。それにしては詰まらない。言いたくないけれど、と言うことで、言う人は何か楽しかったりするのだろうか。自分が言わないからさっぱり想像がつかない。けれどそれではあんまりなので、よく考えてみた。言いたくないけれど、と言う人のその科白の後の話は、十中八九トメトメしい話である。嫁子さん、言いたくないんだけれどね、云々云々云々(以下略。トメトメしくなるとそういう言葉が枕詞のように出てくるのか、はたまたそういう言葉を枕詞のように使う人はトメトメしいのか。どちらにしても、トメトメしい人の特徴のひとつのような気がしてきた。言いたいのに、言いたくないけれど、と言う人の心理が知りたい。ただの興味本位だけれど。でも、言いたくないけれど、と言う人にそれを訊くと、これまた決まって怒られる。どうもトメトメしい人々の中では、これは触れてはならない琴線らしい。もう物を投げつけられるのは御免なので、これからは訊かなくても、なら言わなきゃいいのに、という本音も隠しておいた方が良いのだろう。あ。訊いて怒られるときは、あんたが言わせているんだ! と必ず言われる。そんなつもりはないし、仮に私が言わせているのだとしても、言いたくないことは言わなければいいと思うので、やはりよく解らない。

 物を投げつけて黙って出勤し、夜になって帰宅したうちの。生茶のオマケであるらしいパンダのキーホルダーをくれた。まだ物を投げつけられたこと、怒っているよ、と言ったところ。ひとつだけ言わせてくれ、最近毎朝出勤するとき、もうあんたとはやっていけないんじゃないかと思う、以上、と言われた。どうなることやら。余談。昨夜、うちのが実家に電話をしていた。切った後の話によると、どうも結婚反対ムードは収まって入籍前に皆に挨拶にくるように、と言われたらしい。私と一緒に、とは言われなかったらしい。よく解らん。どうなることやら尽くしである。

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