ネグレクト
2004年2月19日 家族・メンヘル・健康など 現在24日日中。
うちのは引き際の判らない阿呆な一面を持つ。そして阿呆故の無駄な意地を張る。莫迦である。先日の出来事。うちのはサッカー好きであり、昨今なんちゃらの予選だとかでサッカー番組が多い。そのひとつの予約を頼まれた。明日サッカーあるから予約しといて。ふん。私の普段の返事は、あー、若しくは、ふん、なので、上記ふんに悪意はなく通常の返事である。そして翌日。忘れて寝ていた。録画してあることを楽しみに帰ってきたうちのはがっかりしていた。頼まれたことを忘れたのは私だから勿論謝りはしたけれど、どうにも腑に落ちなかった。私は常用薬の副作用で健忘が多い。副作用抜きにしても忘れっぽい人間である。なので口頭で1度さらっと頼まれたくらいでは忘れてしまう。そもそも頼むなら、何チャンネルで何時から程度のメモ書きを置いておくのが頼む者の礼儀だと思うのだが。そしてさほど手間がかかることでもなし、自分でやればいいのにとも思う。とまあ、その日は軽く怒られちゃんと謝り終了。
数日後、また録画を頼まれた。その頼み方が気に入らなかった。前回忘れたことをねちねちと女々しく責め、ぐちぐちとくどくどとそれはもう喧嘩売ってんのか!? と思わせる頼み方。最初は、うんうん今度は忘れないようにするよ、と請け負ったものの余りにもくどいので本音が口をついた。そんなに信用できなきゃ自分でやればあ? うちのは烈火の如く怒り出し、互いに無言で夕食摂取。お腹が落ち着き、ちょっとキツかったかな? と思った私はビデオテープを取り出してその晩のうちに録画セットをしようとした。要はこちらが折れたという行動を見せたのだ。うちのは怒ると長いし、私は怒られるのが怖いから。そしてテープをデッキに挿入しようとしたときにうちのが、しなくていい!! と。自分でやるとのこと。でももうこうやってテープも出してセットしようとしているんだから甘えればいいじゃん、今やっとけば明日ちゃんと撮れているでしょ? と子供に言い聞かすように説明するも、しなくていい!! の一点張り。私にしても全面的に自分が悪いと思って折れた訳ではなく家の雰囲気を考えて折れたに過ぎないので、そんじゃ勝手にしろ、と放り投げて先に寝た。
翌朝起きると、案の定録画セットはされていなかった。阿呆だなあ……とGコードを調べてセットして、セット完了の旨をメールで知らせた。そこでやっと、昨日は悪かった、との返信。4年以上生活を共にしてきて、うちのの習性が解ってきた。怒り出したらこちらが理路整然と説明すればする程に腹を立てて手に負えなくなる。そして一晩経つと冷静さを取り戻して反省するらしい。私がセットをしようとした時点で、有難う、よろしく、などと一言言えれば一晩もお互いに嫌な気分にならずに済むのに。この手の指摘は何度もしてきたけれど、直る気配が殆ど見えない。1度だけ喧嘩になった後でうちのが入浴し、あがってきてすぐに、さっきは言い過ぎてごめん、と謝ってくれ、こちらも、私もくどく言い過ぎてごめんね、と遣り取りできたことがあり、いつもこうだとどんなにいいかと思った。そしてこのときの遣り取りでもう一晩持ち越しはなくなるかと期待したけれど、長年の習性はそう簡単には直らないようである。毎度毎度落ち着いたら、以後気をつける、と言ってはくるのだけれど一旦火が付くと自分から積極的に消す方法が解らないようだ。私は相当のことがないと大声で怒ることはしないし、ムカムカや苛々もそれ程持続しないしこれらの感情を表に出すのが苦手で胸の奥に溜めてしまう性質なので相容れない部分である。
うちのの怒り方のひとつとして、不機嫌オーラを剥き出しにしつつ無言になる、というのがある。どう接すればいいのか解らない。下手に接触を図ると物に八つ当たりしたりする。こちらも同じように不機嫌オーラ+無言で対抗すると、今度は大声で怒鳴られたりする。これらがまた私の恐怖心を煽る。手をあげられたことはない。けれど大声で責められたり、物に当たる姿を見せられたりすると私は身も心も萎縮してしまう。その大声の中に昔よく親に言われた台詞などが混ざったりしたら困惑して子供返りして泣くしかなくなる。お互いに負の感情の処理が本当にど下手糞なのだ。一旦仲直りできればまた当分は仲良しでいられるのに。いつの間にか、私の中のインナーチャイルドが以前よりも小さくなってきた気がする。最も心を開ける存在であるうちのの顔色を伺う癖が付いてきた自覚がある。4年と少しの経験に基づき、相手の琴線を避けるよう避けるよう無意識に心掛けてしまっていることに最近気が付いた。心の傷を癒す為には、インナーチャイルドと向かい合って対話することが必要だと以前学習した。そして暫くは心掛けていた。今、インナーチャイルドはネグレクトされている。インナーチャイルドと向かい合うことが怖い。インナーチャイルドから出てきてくれるのは、私が恐怖に身を縮ませているときだけで、その恐怖から我が身を守る為に両手で自分の体を包み込む。その行為でのみ自分とインナーチャイルドを守っているだけだ。この恐怖はうちのとの喧嘩の中だけで発生するものではなく、何もせずにぼんやりしているときに親に怒られたことを思い出して泪が止まらなくなったりするときにも感じる。両手で身を包むことだけで心を守りきれなかったとき、大概は発作に発展する。その場の若しくは過去の恐怖心が私の予期不安に繋がってしまうようである。最近は予期不安の幅が広がってきた。先日出かけたとき、うちのに行き先を告げられずに手を引いて、こっちこっち、とされたことがある。結局連れて行かれたのは中古ゲーム屋であり何も怖いところではなかったのだけれど、着く迄の間、とても怖かった。うちのが私を怖いところに連れて行くことはないと頭で解ってはいる。うちののことを信用してはいる。でも怖くて怖くて、手を振り解いて逃げたくなるのを必死で堪えた。私の病状は悪化しているのだろうか。パキシル・ソラナックス共にここ数ヶ月、以前より量を増やしてもらっている……。
BGM/アルバム「頽廃芸術展」
うちのは引き際の判らない阿呆な一面を持つ。そして阿呆故の無駄な意地を張る。莫迦である。先日の出来事。うちのはサッカー好きであり、昨今なんちゃらの予選だとかでサッカー番組が多い。そのひとつの予約を頼まれた。明日サッカーあるから予約しといて。ふん。私の普段の返事は、あー、若しくは、ふん、なので、上記ふんに悪意はなく通常の返事である。そして翌日。忘れて寝ていた。録画してあることを楽しみに帰ってきたうちのはがっかりしていた。頼まれたことを忘れたのは私だから勿論謝りはしたけれど、どうにも腑に落ちなかった。私は常用薬の副作用で健忘が多い。副作用抜きにしても忘れっぽい人間である。なので口頭で1度さらっと頼まれたくらいでは忘れてしまう。そもそも頼むなら、何チャンネルで何時から程度のメモ書きを置いておくのが頼む者の礼儀だと思うのだが。そしてさほど手間がかかることでもなし、自分でやればいいのにとも思う。とまあ、その日は軽く怒られちゃんと謝り終了。
数日後、また録画を頼まれた。その頼み方が気に入らなかった。前回忘れたことをねちねちと女々しく責め、ぐちぐちとくどくどとそれはもう喧嘩売ってんのか!? と思わせる頼み方。最初は、うんうん今度は忘れないようにするよ、と請け負ったものの余りにもくどいので本音が口をついた。そんなに信用できなきゃ自分でやればあ? うちのは烈火の如く怒り出し、互いに無言で夕食摂取。お腹が落ち着き、ちょっとキツかったかな? と思った私はビデオテープを取り出してその晩のうちに録画セットをしようとした。要はこちらが折れたという行動を見せたのだ。うちのは怒ると長いし、私は怒られるのが怖いから。そしてテープをデッキに挿入しようとしたときにうちのが、しなくていい!! と。自分でやるとのこと。でももうこうやってテープも出してセットしようとしているんだから甘えればいいじゃん、今やっとけば明日ちゃんと撮れているでしょ? と子供に言い聞かすように説明するも、しなくていい!! の一点張り。私にしても全面的に自分が悪いと思って折れた訳ではなく家の雰囲気を考えて折れたに過ぎないので、そんじゃ勝手にしろ、と放り投げて先に寝た。
翌朝起きると、案の定録画セットはされていなかった。阿呆だなあ……とGコードを調べてセットして、セット完了の旨をメールで知らせた。そこでやっと、昨日は悪かった、との返信。4年以上生活を共にしてきて、うちのの習性が解ってきた。怒り出したらこちらが理路整然と説明すればする程に腹を立てて手に負えなくなる。そして一晩経つと冷静さを取り戻して反省するらしい。私がセットをしようとした時点で、有難う、よろしく、などと一言言えれば一晩もお互いに嫌な気分にならずに済むのに。この手の指摘は何度もしてきたけれど、直る気配が殆ど見えない。1度だけ喧嘩になった後でうちのが入浴し、あがってきてすぐに、さっきは言い過ぎてごめん、と謝ってくれ、こちらも、私もくどく言い過ぎてごめんね、と遣り取りできたことがあり、いつもこうだとどんなにいいかと思った。そしてこのときの遣り取りでもう一晩持ち越しはなくなるかと期待したけれど、長年の習性はそう簡単には直らないようである。毎度毎度落ち着いたら、以後気をつける、と言ってはくるのだけれど一旦火が付くと自分から積極的に消す方法が解らないようだ。私は相当のことがないと大声で怒ることはしないし、ムカムカや苛々もそれ程持続しないしこれらの感情を表に出すのが苦手で胸の奥に溜めてしまう性質なので相容れない部分である。
うちのの怒り方のひとつとして、不機嫌オーラを剥き出しにしつつ無言になる、というのがある。どう接すればいいのか解らない。下手に接触を図ると物に八つ当たりしたりする。こちらも同じように不機嫌オーラ+無言で対抗すると、今度は大声で怒鳴られたりする。これらがまた私の恐怖心を煽る。手をあげられたことはない。けれど大声で責められたり、物に当たる姿を見せられたりすると私は身も心も萎縮してしまう。その大声の中に昔よく親に言われた台詞などが混ざったりしたら困惑して子供返りして泣くしかなくなる。お互いに負の感情の処理が本当にど下手糞なのだ。一旦仲直りできればまた当分は仲良しでいられるのに。いつの間にか、私の中のインナーチャイルドが以前よりも小さくなってきた気がする。最も心を開ける存在であるうちのの顔色を伺う癖が付いてきた自覚がある。4年と少しの経験に基づき、相手の琴線を避けるよう避けるよう無意識に心掛けてしまっていることに最近気が付いた。心の傷を癒す為には、インナーチャイルドと向かい合って対話することが必要だと以前学習した。そして暫くは心掛けていた。今、インナーチャイルドはネグレクトされている。インナーチャイルドと向かい合うことが怖い。インナーチャイルドから出てきてくれるのは、私が恐怖に身を縮ませているときだけで、その恐怖から我が身を守る為に両手で自分の体を包み込む。その行為でのみ自分とインナーチャイルドを守っているだけだ。この恐怖はうちのとの喧嘩の中だけで発生するものではなく、何もせずにぼんやりしているときに親に怒られたことを思い出して泪が止まらなくなったりするときにも感じる。両手で身を包むことだけで心を守りきれなかったとき、大概は発作に発展する。その場の若しくは過去の恐怖心が私の予期不安に繋がってしまうようである。最近は予期不安の幅が広がってきた。先日出かけたとき、うちのに行き先を告げられずに手を引いて、こっちこっち、とされたことがある。結局連れて行かれたのは中古ゲーム屋であり何も怖いところではなかったのだけれど、着く迄の間、とても怖かった。うちのが私を怖いところに連れて行くことはないと頭で解ってはいる。うちののことを信用してはいる。でも怖くて怖くて、手を振り解いて逃げたくなるのを必死で堪えた。私の病状は悪化しているのだろうか。パキシル・ソラナックス共にここ数ヶ月、以前より量を増やしてもらっている……。
BGM/アルバム「頽廃芸術展」
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