現在、20日に日付が変わったばかり。

 一昨日の夜、親の動向を探るべく親の妹である叔母に電話をした。最も親と仲が良く、親からも叔母自身からも、親にできない相談はこの叔母にするように、と子供の頃から言われてきた叔母だ。親よりもかなり真っ当な人だと昨夜迄は思っていた。昨夜迄。話が要らぬ方向に流れた。叔母曰く、私はどちらの味方でもないとの前置きを据えた上で言うには、
・お母さんは心配している
・お母さんは一所懸命、黒猫を育ててきた
・同じ親として子供に依存だの支配だの言われるのは悲しい
・黒猫が親にならないと解らない
・黒猫はまだまだ(世の中や人の気持ちを)解っていない
 そして、私が未だに実の父親の死を母親が見捨てたせいだと勘違いし続けていると思っていたようで、その方面で言い聞かされて辟易。お母さんはこんなこと言わないだろうけど、との前置きに母親の苦労話をさんざん聞かされたが、私は、全部聞かされて育ってきました、としか答えようがなかった。親は自分の不幸話や苦労話をいつも若干の改竄を加えつつ、私に話して聞かせていたのだから、こんなこと言わないだろうけど、の出発点から間違っている。
・今、幸せなんだぁ〜、ふぅ〜ん
・あんた病気だわ。注釈。だから通院している、と答えた。
・黒猫の話を聞いていると宗教に入っている人のよう
 自分の感情論が通用しない相手は、親にとっては全て屁理屈、叔母にとっては全て病気か宗教に嵌ってしまった人に見えるらしい。宗教については全くと言っていい程の門外漢なので詳しい言及は避けたいが、確実なのは私は無神論者であるということだ。以下は少々主観混じり。親の実家は近所の寺の檀家だ。仏教の中でもかなりラフな部類に入ると思われる浄土真宗だと祖父の葬式の際に聞いた筈なのに、親や叔母の話は私に儒教の思想を髣髴させた。親は理屈抜きで敬わねばならないという思想は、揺るぎない何かに基づいたものでないのならば、前世紀に捨ててきて欲しい。話はうちのにも及び、
・二度あることは三度ある
・前科は消えない。注釈。前科の定義は刑法第9条・第27条参照すればこれがうちのの件に関しては間違っていることは明白。また以前にも書いたかもしれないが、うちのが犯した過ちは、被害者なき犯罪、と呼ばれる物の初犯の一般的判決であったことも再度書いておく。次はないと私が信じて納得して絶縁という結果になったのだからいいではないか。親切心の振りをした発言で不安感を煽ってくれるな。うちのがこう言ったいた。親戚って心配しているようでしてないもんだよ。正解だと身をもって思う。泪ながらの発言であっても、その泪に何が篭っているかは解らないのだ。当人さえも、その何かを勘違いしている可能性がある。

 私が親に抑圧されて育てられたこと及び支配と依存について説明しても
・一所懸命だったから
・心配しているから
 の感情論で一蹴。叔母が、私(の精神)にもお母さん(の身体)にも早く治して欲しいと言うので私が、身体もだけれど精神の方が心配・私の病気は環境遺伝・親が同病でなければ子供はこうはならない、ということを掻い摘んで説明すると、最後は、まあ早く病気を治してひとりで生きていきなよ、でした。叔母はうちのと一緒にいる必要性がどこにあるのかと執拗に聞いてきたが、それらは各種事情が絡んでいることであり付け加えるならば、逆にひとりにならなければならない必要性を小一時間問い詰めたい。当然ながら感情論は全て放棄した上で問い詰めたい。が、感情論放棄が無理そうだと察したので私が引いた。肉食獣を前にした草食動物のようである。そもそも説明する迄もなく、叔母は私がどのように育てられてきたか、その目で見てきたのだ。目で見た物事よりも聞いた改竄された物事の方が事実として認識されているのか。一見は百聞にしかず、は人によっては通用しないのかもしれないことを知った。二度と連絡することはないだろうが流石に凹んだ。単純に、親心を無視して突っ走ってる姪、としか見えていないのだろう。叔母は最後には、どっちの気持ちも解らん! と言っていたので親が次に何をしでかすか、相変わらず予測不可能。まるで傷付けられるためだけに電話したようで物凄い徒労感に襲われ未だ復活ならず。希死念慮、限界点ギリギリ。こちらから裁判所で調停などに持ち込んだ方が早いかもしれない。さっきうちのと話し合い、来月半ばになっても書類が提出されないようなら法律相談に行ってこようとなった。

 どっちの気持ちも解らん、は主治医も恐らく同じ気持ちだろう。一昨日急襲をかけられた主治医の元に昨日謝罪兼診察に行ってきた。実質的には既に絶縁状態に突入している親の謝罪を、何故私がしなければならないのか。疑問は残るが取り敢えず謝ってきた。主治医曰く、親は目を血走らせて乗り込み、
・ふたりを別れさせなければならない
・あの子の言っていることは全て屁理屈だ
 などと捲くし立て、話にならないことを感じた主治医は、あなたの話だけ聞いても解決しないので今度4人で話し合いましょう、と説得して帰したらしい。自身の思い込みによる身勝手な使命に突き動かされた独演会の所要時間は約20分程だったとか。この4人は主治医・親・うちの・私だ。うちのも私も御免被りたい。主治医もそうだろう。主治医は診察中でも感情を露にする医師だ。昨日の診察のときは、本気で辟易していたのが感じ取れた。主治医としては親の話と私の話を聞いて接点を見つけ、そこから解決の糸口を探そうと思っていたらしい。ところが親の話と私の話が全然噛み合わず、どうしていいものか困っている様子だった。困っている様子よりも辟易した様子の方が強く感じられたのがつらかった。激しい見捨てられ不安を抱えている私は、主治医が親の巻き込みを喰らったことで私をも見放してしまうのではないかという疑念が湧いている。そんなことはしない、とは言ってくれてはいたが……。この先親から連絡がこなければ放置する方針をうちのと共に固めたので、次回の診察時にはそのことを告げて私の治療のみに専念してもらうように言わねば。

 目が血走っていた原因が寝不足なのか、泣き腫らしたのか、狂気が目にも滲み出ていたのかは不明。主治医は特に目が印象的だったようで、何度も目について述べていた。親は若かりし頃に目薬のポスターのモデルに起用されたこともあるらしく、その写真を見せてもらったことがある。我が親ながら、とても綺麗だった。ポスターの目的からして目は勿論だし、顔立ちも綺麗だった。顔立ちは年月と共に重力に逆らえなくなるのはある程度仕方がないことだろう。けれど、目の輝きが変わってくるのは如何なものか。目は志が変わらなければ輝きを失うことはないと思っていたのに。あの目がこのように語られる目になる日がくるとはまさか思ってもみなかった。苦手だし、その存在の下から脱兎すべくもがいている今でも、私は親を嫌いとは言えない。綺麗な親の姿は好きであり、ちょっとした自慢でもあった。その親が私を支配下に戻すべく、必死の形相で周囲の人々に改竄を加えた情報を撒き散らしている。それは今まで通りの私を追い詰める為の手段としては変わっていない。目が違ってくるというのだけは悲しみを禁じえない。世に恐ろしきは年月なのか、狂気なのか。日々を虚ろに過ごしている私の今の目は、将来の目は他者にどう映るのだろう。

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